敵は硬化不良

 久しぶりにレジン。レジンメインというより、錦をはめ込むために、フレームに底兼裏を作ってリバーシブルのペンダントヘッドにしようという目論見。

 どうも、あまりにも長期間使わずにいたせいで、開封済みの200gの星の雫が劣化しているらしく、硬化不良に悩まされた。結局フレーム数個分失敗して処分。新しいレジン液はすでに注文済みで明日には届くんだが、意地でも今使っているボトルのものを使い切りたいということで、普段の十倍以上時間をかけて硬化したところ。まだ残っているので、暇なときに底付きフレームを作りためておこう。

 テーマってほどのこともないが、三日月の輝く夜に、オーロラを眺める二匹の猫がモチーフ。材料は、右の紳士ヒゲ猫フレームがダイソー、左のフレームとネイルパーツとフレークがSeria。左下の蝶が真ん中からずれているのは、見逃してほしい。これに関してはどえらい失敗をしているが、手作り感が生まれていいかと思える日が来るかもしれないし、未来永劫来ないかもしれないということで、使ってみましょうそうしましょうという結果に落ち着いた。

 同じものを二つ作って、綺麗な方を出品し、展示会終了後に、東京の友達(女性)にプレゼントする予定。下世話な想像をされたくないから最初に断っておくが、恋愛関係にある相手ではない。おそらく世界で一番私のことを正確に理解してくれている、大事な友人。見栄えが悪い方は、鹿島錦の宣伝代わりに、私が着ける。レジンの側だとフェミニンすぎる気もするが、錦の方を表にするので、多分大丈夫。

 結局作品展に出品できるペンダントは一つになってしまった。 フレームはまだいろんな形のものが腐るほどある。でも、失敗した分も含めて三時間以上かかったので、もう底を作りたくない。 明日と明後日で錦と貴石を合わせ、友達の分はバチカンをつけ、自分の分はカンに直接汚れの目立たないコードで紐を結ぶ予定でいる。

 作品展がらみの画像は、今回限りとしたい。自分を鼓舞するためにも、進捗は報告したいが、画像はなしで。後は会場で――。

私がマスクを着ける理由

 三十年来の花粉症であらかじめ準備していたということもあり、残り二十枚程度であれば、かろうじて手元にマスクがある。こういうご時世なので、毎日付け替えるということはせず、次亜水などを噴霧して、よれよれになるまで使っている状況。

 例年、仕事の時も外出する時も、秋口から五月中旬くらいまでは常にマスクをしているが、それには理由がある。もともと感染症にかかりやすいだけでなく、重度化もしやすく、加えて持病のせいで服用できる薬が限定されるということももちろんあるが、仕事で関わる高齢者の方を含め、とにかく他人様に伝染させたくないわけ。私のせいで誰かが体調を崩したら、寝覚めが悪いにも程がある。

 先日、WHOが、 マスクを使うだけでは 感染予防策として不充分だという声明を出していると、一部メディアが騒いでいたが、これはあくまでも「感染を防ぐ側」の話。ウイルスの付着した物に触り、さらにその手を消毒したり水洗いしたりせずに目をこすったり、あるいは相手の唾が入ったりすれば、眼球からでも感染するから、徹底的に感染を防ぎたいなら、防護服を着てゴーグルとマスクを着用しなければならない。

 一方、もうすでに感染して、他人に移したくないというような場合は、マスクは十分効果的な対策となりうる。むしろ必須。WHOも、こちらに関しては否定してはいないはず。検査で陽性が確定した人は当然、感染初期で検査結果が陰性だったり、自覚症状がなく検査をしていないだけであっても、他者に感染させないためには、積極的な手指消毒に加えて、屋内外で常にマスクを装着するのが望ましい。

 とどのつまり、私の場合は、常に自分が風邪やインフルに感染している可能性を想定した上で装着しているというわけ。咳喘息で、病後などに空咳が続くことも多いし、その時に周囲に不審がられないように先手を打ってマスクを装着する場合もあるが、だいたいは感染源になりたくないがための手段。

 ついでにスーパーの出入り口に置いてある消毒液に関しても一言。さすがに病院などでは容器自体も常に消毒しているはずだが、スーパーではそこまでの注意はしていないところも少なくなさそう。だから、容器自体にウイルスが付着している可能性も視野に入れつつ、充分な量を噴出して使用した方がいい。入る時は持ち込まないよう、出る時は持ち出さないよう、二回が基本。

 私のように、普段からマスクと消毒を心がけていても、ふとした拍子に気が緩むのか、風邪を引くこともある(というか、しばしば引く)ので、万全を期すといっても程度が知れているが、マスクなし、消毒なしなら、目も当てられないほど頻繁に寝込む羽目になるかもしれない。今回のコロナも、ワクチンや抗ウイルス薬の完成、最低でも効果的な対症療法を行うための公的な薬剤選定が終わるまで、常に自分も感染しているかもしれないという観点から行動するのは、これ以上の感染拡大を防ぐうえで、非常に重要だと、素人ながら断言しておく。

 もっとも、何かにつけて感染防止のために自粛ということになれば、経済的にも大変な状況になるし、何よりどれだけマスクや消毒液を望んでも、入手できなければ意味がないので、出来るだけ早くマスクの供給が安定すればと願う。

 そういえばこの間、某大型病院に定期受診に行ったとき、「わあ、トイレの中にも消毒剤のポンプがある!! さすが元国立!!」と感動して、指にしこたまこすり込んで使った後で、便座用だと気付いたりしたっけ。

 いいの。便座同様手も綺麗になるからいいの。

※今のところの私の一番の心配事は、4/12の佐世保の落語会が無事に開催されるのかどうか。師匠方の健康もあるし、こればかりはねえ。私も次亜水と、インフル時に買った、虎の子の手指用消毒剤をがっつり持って臨むつもり。久々に引っ張り出したレジングッズの箱の中から、無水エタノールが見つかったのも心強い。精製水で希釈して使えそう。 

※職場で不足していたマスクと手指消毒剤、町の方から「二週間分の在庫をめどに」ということで、緊急に支給があった。関連する調査で不足する可能性ありと報告した事業所に対し、佐賀県全域で各自治体から支給があったはずだが、ありがたい限り。

しばし織り台を片付ける

 一昨日は別の作業に追われ、昨夜は八時過ぎから十時間以上眠り続けたため織れずじまいだった錦の台を、今から片付けることにする。

 やはり鹿島錦は難しく、私の手には余る。自分にも織れると考えたこと自体、傲慢の極みだったのかもしれない。いい機会なので、台を処分し、鹿島錦保存会も退会しようと思う。会の皆さん、それから先生、今まで本当にありがとうございました。

 ――と、肩慣らし代わりに軽く嘘をついたところで、春の作品展の搬入日である19日に向けて、こまごまとしたものを作る準備を開始。もちろんスキャン作業と並行。枯れ木も山の賑わい、小物も祐徳博物館の賑わいということで、都合のよい聞き間違いでなければ、会員全員に「いっぱい出せ」とのお達しもあったし、下手くそバンザイな私が出すのは基本的に小物ばかりで、さほど場所を取らないため、まずペンダントヘッドを複数作り、それからメインの二つ(もしくは三つか四つ)作る予定。多分二週間あれば間に合うとは思うが、途中で失敗したら、捨てられないけど目も当てられないものを入れておく黒歴史BOXに封印し、その後素知らぬ顔で「まだまだ初心者なので小物だけですぅ」と下手に出る所存。

 春の作品展と秋の文化祭は、鹿島錦保存会の二大行事。初心者も初心者なりに頑張らないと。

 そういえば、基礎織り時代に私が何度も手ほどきを受けたY先生から、「織るのと仕立てるのどっちが好き?」と訊かれ、即答できず、逡巡した挙句「……仕立てる方です」と返したのは、昨年の文化祭の時。織るのももちろん楽しいけれど、まだ自分が織りたいものを思うさま織るのに必要な技術を培ってはいないため、どちらかといえば仕立てる方かなという意味で答えた。一方、Y先生は、私の返事を受けて、「私は断然織る方」と明言された。その時、いろいろと戦争当時の体験も語ってくださったんだが、台湾に住んでいた子どもの頃、幼い弟と一緒に道路を歩いていたら、アメリカの戦闘機から機銃で攻撃されたとのこと。もちろん民間人、それも子ども相手だと向こうもわかっていて、威嚇射撃だったそうだが、それでもとっさに道路脇の茂みに弟と二人で隠れて、怖くて怖くて仕方なくて震えていたと、そんな話をされていた。

 鹿島錦に限らず、どんな種類の芸術にも、工芸にも、作り手の人生や想いが反映される。この作り手はこれまで空疎な経験しかしていないんだなと、見巧者から軽蔑されないように、きちんと作らないと。

 とりあえず嘘はノンノン、失敗してもマイペンライということで。

アイロン到着

 ミニタイプのアイロンが届いた。実際のサイズは注文時に想定していたよりもさらに小さい。そもそも商品ページのサイズ表記くらい読めよって話なんだが、これは手芸用には良いかも。ただ、見た目が玩具みたいなので、子どもさんが間違えておもちゃにしそうで、そのあたりは怖い。税込730円。小さいお子さんのいらっしゃるご家庭では、コードは別にして保管しておいた方がいいかも。防音室内でも使えるように、くるくる丸めて保管できる布タイプのアイロンマットも同様に税込730円で購入。送料込で2,050円。お得――だったんだと思う。

 

ネモフィラ、無事開花

 レセプトの準備は無事終了。後はケアマネさんの確認待ち。カフェインの効果が切れたせいか、どっと疲れが……。

 疲弊の国の王子様と化している私を後目に、花たちは咲き始めている。モッコウバラやアジサイも新芽が出たところ。

 自宅の水仙類はもうすぐ盛り。

  心配していたネモフィラ、三株植えたうち一株はダメになったが、二株は無事生育。先週初咲きを迎えた。

 本当ならネモフィラのドライフラワー作りを始めないといけないところだが、今は気力が出ない。昨年作った分は、持ち運びすぎて傷んだようで、レジン液が染みてスケスケになってしまった。気泡もひどかったし。移動せずに良い場所で作り、乾燥終了後すぐに封入するのが理想かも。19日までに間に合いそうなら、ペンダントパーツにするために再挑戦してみる。

まるで眠れず

 明け方五時ころまで眠れず、典型的な睡眠不足。レセプト準備のためにカフェインを飲んで、効いてくるのを待っているところ。

 ただでさえ運転が巧いとは言えない私。睡眠不足ならなおさら。自宅から職場までの距離が近くて良かった。

 ところで、レジンフレームを使った錦グッズの作り方、試行錯誤を経て、ちょっと明かりが見えてきたところ。本当は陶器とモールドでフレームを作ってみたいんだけど、昔買った陶土があまりにもカチカチでやる気が起きず。時間があるときに水で戻さないと。

 カフェインよ早く効け。

黒一色だともったいないかも

 確か去年の今頃描いた図案。丁度作品展の頃に織っていたんだっけ。相変わらず織りながら「縮みますぅ」と切なそうに訴えていたら、隣で織っていらしたA先生が、その場で隠し糸なる技法を教えてくださった。

 黒にピンクで、夜桜のイメージで。それにしてもこの図案、目に来るなあ。横の流水の頂点をわざと削っているので、織ると若干曲線に見えるのが面白い。

※スキャンした本の(残骸の)うち、上質紙や厚紙は、クラフト用に保管。好きな装丁は壁に貼る。残りは古紙回収に。

14cm織れた

 他の人にとっては息をするようなものなんだろうが、私にとってはヴァスコ・ダ・ガマが喜望峰越えを果たしたくらいには大仰なこと。毛利氏の佐賀錦の本を読むと「初心者の錦は乱反射がギラギラして見苦しい」みたいなことが書かれているが、はい、しまくっています、乱反射。していますとも乱反射。堪能してくれ乱反射。

 一見鹿子を交えて織ったように見えるが、実際には枡だったりする。周囲の糸で隠れて中心の十字が点になってしまっているだけ。でももういいや、鹿子で。生涯「ええこれは紛うことなく鹿子です」で通す所存。事実は火葬場で灰にしてしまおう。

 この次は黒一色で3-1の図案を20cm以上織って、それから大好きなフレンチトリコロールで3-3の図案を14cm以上、その後は着色糸で最後まで。10月上旬までに織り上げられれば御の字。あ、別の模様で単色ならこの間40cmほど織ったから。まあ平織りをふんだんに取り入れた図案で縮みにくかったとはいえ。

 今夜は時間があまりないので、糸をあぐりに巻いて、平織りを入れて、何段か織ってから、本をスキャンしつつ、作品展までの工程表を作って寝る。

次亜塩素酸水

 漂白剤の成分は次亜塩素酸ナトリウム。次亜水と略して称されることもある次亜塩素酸水は、塩水、もしくは塩酸を電気分解して作られる(脚注参照)。手指用消毒用アルコールと同様、雑菌・ウイルス対策として、私も愛用中。次亜塩素酸ナトリウムと違って、ノロには効かないので注意。

 私の場合は何年も前に通販生活で購入した機械で作ったが、次亜塩素酸ナトリウム水溶液を希釈してから炭酸水でPHを調整する方法もあるらしい。

 新型コロナ対策として、職場でも勧めたけど誰も興味がないらしいので、家族の分だけ作ってみた。

 マステは、遮光用に。一週間ごとに作るので、まあ、この程度でいいかと。

【脚注】後日改めて調べてみたところ、次亜水と呼ばれるものには、酸性の次亜塩素酸水と、アルカリ性の電解次亜水と呼ばれるものがあることがわかった。アクアシュシュという機械で作ったものをこのボトルの中に入れているが、正確には「アルカリ性の電解次亜水」ということになるらしい。

鹿島実業高校、閉校

 鹿島錦の発祥地は鹿島城の大奥。つまり、鹿島城址に建てられた鹿島高校。一方、今日の鹿島錦保存会まで連なる伝統の継承に一役買ったのは、旧鹿島立教こと、鹿島実高。鹿島立教は、戦後の学制改革に伴い、旧制鹿島中学、鹿島高等女学校と統合し、鹿島高等学校となり、その後昭和30年に改めて独立し、鹿島実業高校となる。再統合して新鹿島高校となる前も、鹿島高校とは兄弟高の間柄だったため、合同のイベントもあり、それぞれの三年生だけが参加する、牡丹餅会と呼ばれる、牡丹餅を食べながら余興を楽しみ、さらには綱引きで勝敗を決めるという不思議な集会も、一年おきにそれぞれの体育館を会場に催されていた。

 鹿島錦保存会設立のきっかけとなった、鹿島市主催の鹿島錦教室では、在学時に鹿島錦を履修した鹿島立教高校の卒業生が、講師となって受講者に手ほどきをした。彼女たち、鹿島に残った錦の先達がいなければ、東京他に進出し勢いを得ていた佐賀錦の流れに飲みまこれ、技術は残ったとしても、否応なしに同化され、鹿島錦という名称を冠した私たちの錦は、存続できなかったといっても、おそらく、過言ではない。そのような恩義ある鹿島実業高校も、鹿島との再統合前に入学した生徒たちを無事送り出し、今年、閉校に至ったとのこと。

 鹿島錦保存会の一員として、改めてその歴史に敬意を表したいと思う。

※私の学年の牡丹餅会で、綱引きに参加して奮闘した野球部の同級生は、卒業後まもなく、事故に遭って亡くなったと、人づてに聞いた。事実なら、彼の冥福も祈りたい。それと、自死されたN先生のことも。

※学年主任をされていた国語のM先生、文化祭で鹿島錦の会場に見えられて、作品をご覧になっていた。ただ、絵画ほど興味があられないようで、進み方がハイペース。お声掛けはしなかったが、往時より痩せられていたのが印象的だった。

長崎県佐世保市生まれの「おりがみ陶芸」を中心に、鹿島錦など趣味のクラフトワークその他についてつらつらと綴るブログです。