白酒落語を聴きながら

 のんびりと鹿島錦を織っている。人属カピバラ目の桃月庵白酒師匠は、高揚して上ずった声を出させたら当代一。笑いに徹した人なので、明るい気分になりたい時にお勧め。あの「死神」ですら滑稽仕立てにしてしまうんだもの。雲助師匠のお弟子さんは、絵に描いたような三者三様。いつか一門会を観に行きたい。

 錦の方は、相変わらず。経紙の乱れが元に戻らないまま延々織り続けている。今の模様では「縮むよぅ」という苦労はなくなったが、外に行くにつれ模様が広がるのは前の模様から変わらず。万華鏡に仕立てようと思ったのは、縦に見せることで誤魔化せそうだからだったりする。

 先日は、両カンの紳士ヒゲ猫フレームを使って、友達とお揃いのペンダントを作ったわけだが、両カンパーツなら、ゴムを結んで、猫錦の簡易アームバンドが作れるかもと思いつく。今織っている経紙は、残り35cm。教室が再開しても、コロナ対策が必要な間は、すぐには参加できないか、時間を限定しての参加になるはず。次に参加する時までに織り上げられればいいな。

昨日は鹿島におりました

 鹿島の直売所「大地」に、甘酒用の麹を買いに行った。生麹が一袋350円で、他の所よりお買い得な気がする。以前は私が甘酒担当だったが、最近は私が作る前に母が作ることが多く、たまに麹を買いに出かける程度。バイパスは必要時以外は走りたくないため、旧道(でいいのか)を運転し、エイブルの横を車で通ったら、新型コロナウイス感染拡大防止のための臨時休館は昨日までと掲げてあった。今日から開館しているのだと思う。早く鹿島錦教室も再開してくれればという気持ちはあるが、薬剤承認が不十分な段階で油断をするのはいささか怖い。紫外線と温度と湿度という、季節的なアドバンテージがある間にこれまで以上にしっかりと体制を整えることが肝要。また、倒産だなんだという話を聞くと、経済面での対策も、感染対策と同等にしっかりとやらないと、今度はコロナ後の世界がとんでもないものになるのは明白。ここしばらく頭の痛いことが多い。

 せめて夜はしっかり休息を取らないといけないと考え、ストレッチ励行中。寝る前にストレッチをやっている人は多いと思うが、たいていの人は身体的な気持ちよさを目安にしているのではないか。私の場合は、元がずぼらで面倒くさがりな性格なのにも関わらず、妙なところにこだわる傾向があり、ストレッチに関しては、二十秒とか三十秒とかのキリがいい数字、それも秒数を正確に測定しないと、まったく落ち着かない。

 最初はタイマーなどを使っていたけれど、毎回ボタンを押すのが面倒なので、現在は電子メトロノームの音を使用中。アナログのメトロノームは、ゼンマイを巻く手間もあるし、何より結構な音がするから、この手の用途には向いていない。電子メトロノームといっても、まだ京都に住んでいた頃だから、二十年以上前に買った品で、ディズニーキャラがあしらわれた本体はすでに処分している(はず)。ヘッドフォン出力端子にラインケーブルを挿し、当時現役で使っていた古いWin95PCのマイク端子につないで録音した音源を、削除するのが忍びなく、後生大事にバックアップしていて、それを使用している。

 電子音だけではとてもじゃないが面白味もへったくれもないかから、最初は落語のファイルにソフトでその音を被せて再生していたが、いちいちソフトで二種の音声ファイルを読み込んで再保存するという一連の作業が面倒くさくなり、「再生機器二台使えば楽なはず」と思い立ち、ガジェット墓場と化している机の引出しから、使っていなかったレッスンマスターを二台出して、数日実施。楽になるかと思ったら、あにはからんや、電源ボタンも再生ボタンも二回押さないといけないし、何よりレッスンマスターって、フォルダの階層をたどって個別に再生ファイルを選択しないといけないのが、輪をかけて面倒。結局、ソフトを使って再生用の音源を作るという、元の手法に落ち着いた。我ながら何やってんだかと思いつつ。

 そんなこんなで、まだ落語十本分くらいしかファイルを作っていないため、期せずしてヘビロテ状態。好きな噺を優先的に選んだおかげでまだ耐えていられる状態。ストレッチをしっかり行ってから寝ると、翌日体が随分と楽だから、続けたいんだけど、もともと三日坊主の気質。いつまで続けられるかわからない。理想は朝昼晩と三回行うことなので、週に一つずつでも電子音入り落語ファイルを増やしていかなければならない。

※我が家の甘酒の作り方。材料はもち米(適当)と水(適当)と麹(適当)。もち米がなければうるち米(適当)。おかゆを作って麹菌が死なない程度になるまで粗熱を取り、炊飯器に移す。麹を混ぜたら、炊飯器の保温ボタンを押し、蓋をするが、完全に蓋をしてしまうと温度が上がりすぎて菌が死んでしまうため、菜箸などを咬ませて、隙間を必ず作っておく。蒸気が内蓋にたまり、そこから滴が落ちないように、清潔な布巾で覆うのも忘れずに。ラップをおかゆの表面にぴったり貼るようにしてカバーするも吉。おかゆは固めに炊いても、発酵が進むことでサラサラになる。仕上がりが固すぎると思ったら湯冷ましで調整を。麹菌はおかゆのデンプン質を分解してブドウ糖にしてくれるため、夏場食が細くなった高齢者に牛乳やヨーグルトと混ぜて飲ませるとこれまた吉。うちの事業所でも夏バテ対策に毎年甘酒を作っている。プリンなども、タンパク質と糖質、カルシウムなどを同時に摂れるため、他界した大叔母が食事を受け付けなくなったときは、しばしば食べさせていた。青汁をカルピスに混ぜると高齢者も飲みやすくなるのでお試しあれ。

※鹿島錦教室がどうなるかは現時点では未知数。あくまでも個人的な意見に過ぎないが、しばらくは、時々入れ替えながら、午前中グループと午後グループに分け、参加人数を調整し、マスク必須で、机一つにつき織り台一台と決め、食事も離れて摂るなどの対策が必要かも。エイブルにも消毒液を置くはずだし、手洗いは複数の場所で可能だから、他人の作品や図案に触れる前にきちんと手洗いをし、感染者が自宅近くに出た場合は、二週間の自己隔離などを徹底すれば、継続的な開催は不可能ではないような。ただ、私も持病持ちだし、ほとんどの方が年齢他の危険因子があるため、集団感染となったら、鹿島錦の存続自体が危ぶまれるのが、シンプルに恐ろしい。

ひい

 韓国がとんでもないスキャンダルに揺れている、らしい。新型コロナがらみではなく、従軍慰安婦被害を訴えている女性が、今度は支援団体の不正行為を告発したそうな。

 朝日新聞のとある記者が、胡散臭い吉田証言の事実検証をせずに紹介し、後に矛盾を追及された時、挺身隊と従軍慰安婦を混同していたと弁明したと記憶している。ひめゆり部隊などの話を通じ、それらの違いを、まがりなりにも中1の頃にはわきまえていた私は、「なんでまた大卒の記者がその程度のことを知らなかったんだ」と、ほとほとあきれ果てた。もっとも私も従軍慰安婦の問題に関して知識が豊富というわけではない。多分、慰安婦の真実を知っているのは、おそらく同じ従軍慰安婦だった女性だけなんだが、日本人慰安婦に関して一切報道の対象にせず、いないものとして処理しておきながら、普遍的な女性の権利を謳うのは度し難いし片腹痛いと、いささか批判的に受け止めることの方が多いかも。美輪明宏さんくらいではないか。きちんと日本人慰安婦の存在を正面から受け止めて紹介している著名人は。

 戦後生まれも甚だしい私が考える慰安婦の真実は、韓国の過度な主張と、日本の右翼の過激な主張の、丁度中間程度のところにある。慰安婦となった経緯も、突き詰めれば人それぞれ。中には親に売られ、女衒に利用され、意に反して苦汁をなめた人もいるはずだし、逆に金のためにあっけらかんと応募した人もいるだろう。そのあたりは一人一人聞き取り調査をしていかなければ判明しないはずだが、一つ注意すべき点は、証言に嘘がないか、あるいは記憶違いがないかも、残酷だが、きちんと検証しなければならないというところ。人は辛い記憶から逃れるために、無自覚に経験や経緯を封印することがある。また、演技性パーソナリティ障碍や、ミュンヒハウゼン症候群、代理ミュンヒハウゼン症候群など、自身の承認欲求を充足させるために、どんな嘘でも平気でつく人は、この社会に一定数存在している。統合失調症のケースもあるだろう。被害を訴える人間が常に真実を話していると考えるのは、純真ではあるが、同時に、人としてナイーブすぎる。

 隣国である以上、いがみ合うより助け合う方が建設的なのは確かだが、無理して仲良しごっこを演じる必要もない。ただ、仕事や趣味を通じて、積極的に交流したいと考える人たちを妨害する権利は私を含め誰にもないので、日本側も、韓国側も、落ち着くところに落ち着いてくれればと願わずにはいられない。ちなみに私は敬して遠ざく派だが、もともと人づきあいが下手で、日本人同士でもたいがいしんどいので、不調法があっても、そのあたりは斟酌してもらいたい。

※日本と韓国の伝統工芸の競演のイベントのパンフレットを目にしたことがある。私も日本の伝統工芸やある種の文化はすこぶるつきに好きだが、排他的にはなりたくないので、そういう交流を兼ねたイベントが今後開催されれば、覗いてみようかなと考えている。知って批判するのは個人の権利なので構わないが、知らずに批判するのは、傲慢が過ぎる。余談だが、韓国のオカリナは結構優れもの。Zinには是非プラオカのSF管を作ってほしい。

種を蒔かねば

 体調を崩しやすい上、持病持ちのため、しばしば抗生物質を処方される。抗生物質は、ご存知の通り、腸内細菌も駆逐してやるぅな薬剤なので、服用後は、納豆や明治の宅配ヨーグルトを愛食して、育成に努めている。うんざりするくらい空き容器も溜まるため、毎年春と秋の数日間、集中的に、アイスピックで底の部分に穴を明け、種まき用の簡易ポットを制作するのが私のルーティン。今年は出遅れて、すでに立夏が過ぎてしまった。土日にしこたま蒔いて育てなければ。

 宝幸白大臣などからも、どれだけ形質を受け継いでいるか不明とはいえ、採種している。今年は病気に気をつけながら育苗しよう。

心底呆れたアドバイス

 今までの人生を振り返って、一番呆れた他人からのアドバイスは何かと訊かれれば、学生時代に言われた「新聞の社説を書き写すと多彩な表現力が身に着く」が、それに該当すると答える。

 申し訳ないけど、社説を書く立場の人の文章を、子どものころから、特別に巧いと感じたことはない。視野狭窄に陥って変なことしか書かない人もいるし、そもそも新聞の社説なんて、記事同様に文章技巧とは無縁であるべき。大切なのは伝わりやすさと客観性。巧いと感じさせないのもまた一つの技術だとは思うが、そこまで考えて文章をしたためているとは到底考えられないので、通り一遍の、ある程度体裁の整った文章として受け止めるのが、正しい解釈の仕方なのだと思う。

 頭で考えた文章は、決して心には響かない。直截的に心から文字を汲み出せれば、文章修業なんてきっと要らないはず。

 錦を織る時、特に今の段階では、なかなか思い通りに織ることが出来ず、苛立ちを覚えることがある。上手な人の織り台からこっそり経紙を切り取って、自分の台に貼って、さも自分の仕事のように「織りました」と言い切れたら楽なんだろうが、社説を書き写し、他人の文章を模倣して悦に入るって、多分、そういうこと。守破離の守だけで終わってその先に進めないのであれば、やる意味もない。

 

進んだ気がしない

 猫風に書くと「進んだ気がしニャい」。なぜならそれは進んでニャいから。母の日のプレゼントも、買っただけで使っていニャかったパステルブルーの革製名刺入れを添えることで、体裁を整えられそうだし、今夜からきちんと織らニャきゃ。

 誰か肉球を図案化しないかニャ。

五枚目に入るのココロ

 手触りがよろしくない毛糸で編む正方形ユニット、五枚目に突入。糸端を意図的に長く取っているんだが、それをしなければ、丁度、今編んでいる毛糸玉1玉で、10cm四方のユニットが四枚編める模様。トリートメントを施してどれだけふんわりするのかは未知数。夏までにインナーの試作をして、晩秋までに、膝まですっぽりの、家用超ロングセーターを編みたい。わしゃヤマタノオロチかと泣きたくなるくらいいくつものネックウォーマーを編み続けてきたので、いい加減一枚くらいセーターを仕上げたい。

 なお、ストレッチ編の編地は完全にリバーシブル。メリヤス編みと違い、表も裏もないから、糸が足りなくなったら、はた結びよりも結び目が小さいらしい二重結びでつないで編んでいる。もっとも完璧に覚えて手際よくやっているわけではなく、図解をPCのモニタに表示してどうにかこうにか結んでいるだけ。結び目の出た側を裏側に回せば、表には響かないから楽。いずれ、より目立たない(らしい)マジックノットも試してみないと。

 週末は鹿島錦メインで。恥ずかしながら今日が金曜日だと思いこんでいたんだが、実際には木曜日だったでござる。大叔母の命日なので、好物だったカルピスウォーターでも供えねば。木曜日ということは、普段なら鹿島錦教室か。他の方の錦を拝見するのは、色遣いにしても図案にしても、勉強にも刺激にもなるのに、いつ再開するんだろう。先生がお元気で織っていらっしゃればいいけど。

長崎県佐世保市生まれの「おりがみ陶芸」を中心に、鹿島錦など趣味のクラフトワークその他についてつらつらと綴るブログです。