「鹿島錦」カテゴリーアーカイブ

見送りは辛い

 13年間、うちの事業所をご利用くださった、同級生のおばあさまが先ほど亡くなられた。事業所内で看取りまでさせていただいたが、13年間の写真を整理して同級生に渡すのが、ちょっと辛い。

 まだ中学生の頃、家にお邪魔したとき、コーヒーを淹れてくださったのが、ついこの間のよう。

 スタッフと、ご利用者様とで、ご遺体の見送りをしていたところ、一番喧嘩をされていた方が一番嗚咽され、震える背中を見て、思わずもらい泣き。

 どんなにいがみあった相手でも、亡くなればもう仏様。生きている時に気づかずじまいだったその人の良い部分を痛感し、自分の中にどれだけの容積を占めていたのかを思い知らされ、切なくてたまらなくなる。

 親戚を含め、今まで何十人ものご利用者様を見送ってきて言えるのは、反りが合わないから排斥するという選択は、何の解決にもならないということ。多分、高齢者と関わる仕事をしている人たちは、ある程度の年月が経過すると、皆同じ感想を抱くと思う。どれだけ困らせられても、困難事例に泣かされても、見送る時に喜びを感じることは決してない。

 正当な理由もなく、相性が悪いからと、感情のほとばしるままに誰かを意図的に遠ざけた人は、その人が亡くなった瞬間に、後悔の呪縛に蝕まれる。多少なりとも世話になってきた人ならなおさら。

 いずれ確実に見送らなければならない立場にある人を、辟易させられるからと石持ておいたくないのは、そういう考えが私の行動の裏にあるから。

 先生と、保存会の今後を思いつつ――

※誤解を招きたくないから補足しておくが、私は別に樋口先生のことは嫌いではない。むしろ好き。それと、私以上に先生と長くかかわってこられた方に、悲喜こもごもの複雑な感情があるのも、ある程度理解しているつもり。とどのつまり、付きすぎず離れすぎず、適切な距離を保ちつつ、保存会が今後も何十年と続いていけばなあと。

煮詰まって煮詰める

 何年か前、こんにゃくや納豆、ヨーグルトを手作りするのにハマっていた。当時はジュースにレーズンから採取した酵母を入れて発酵させ、手作り酵母ジュースなども作っていたっけ。発生する二酸化炭素で、ペットボトルがパンパンになるのが妙にかわいかった。

 さて、昨日からいろいろと新しい手順を試している鹿島錦。ある程度自分の方法が見えてきたような気がするけれど、やはり上手な人に比べると、織りが粗い。上手な人は、経紙も緯糸も整然と並んで、美しい幾何学模様が織り台の上に浮かび上がるが、私のは「お前はどっかでタイマン張ってきたのか」とひざ詰めで問い詰めたくなるくらいに見た目がボロボロで、まさにゼンジまた喧嘩してきたっちゃろ、はよ断りんば言うてきんしゃい系。

 たまには喧嘩に負けてこいということで、いったん錦にごめーんしてから、母とこんにゃく作り。私は別にこんにゃく国の人ではないので、作らなくても良かったんだけど、いろいろと乾物類の整理をしていた母が、以前購入したこんにゃく粉と水酸化カルシウムを発見したらしく、片付かないし気になってしょうがないとのこと。使用期限は書いてなかったが、水分がまったくない状態だったので、別にいいかなと思って作ってみた。材料の十分の一しか使っていないのに、30枚以上の板こんにゃくが完成して、途方に暮れているところ。

 英語ネイティブの人に「漢訳職の婚約者と翻訳こんにゃく今夜食う」を正しく発音させるのは至難の業だが、それと同じくらい板こんにゃく数十枚を食べきるのは大変なので、Amazonでこんにゃく料理のレシピを注文。私だけが読むのならkindleで済ませるけど、母も読むだろうから、紙の本で。

 とりあえず煮込み料理。

※言語差別と怒られそうなので誰に頼む気もないけれど、特にアメリカとか、ネイティブの場合「n+y」の音は「んや」ではなく「んにゃ」と発音するそうなので、「漢訳職の婚約者と翻訳こんにゃく今夜食う」は「カンニャクショクノコンニャクシャトホンニャクコンニャクコンニャーク」になるのではないかと予想。毎年冬から春にかけて裏の家に長期滞在される、ニューヨーカーのロバートさんに発音してもらいたい。

※関係ないけど、うちの近所、大学進学=ほぼ東大ということになっている謎エリア。東大率が異常に高い。地区内に数えるくらいしか家がないのに、何軒も国際結婚していて、わけがわからん。

 

つらつらと&ミケプレ

 新しく本金を立て、一番嫌いな作業である糸掛けと、その次に嫌いな織り出しの平織りも済ませ、三段織ったところで、毎月恒例のレセプトモード。とりあえず実績確認が済み次第織りを再開する予定だが、まだ織り始めで経紙が安定しているということで、一段分解いて、押さえ方をいろいろ試してみることにした。縮むという点に関しては以前より落ち着いたけど、前回は経紙が中央に寄ってしまって、そのせいで、織った長さの割に、作れるものが限られてしまった。まだ完全には自分の手を見つけるに至っていない。いくつかの本を参考にし、以前見学させていただいた先達の皆様の手順、先生から教わった方法など、それぞれを組み合わせて検討してみる。自分の筋力や、骨格のバランス(母方祖母からの遺伝で、私も含め、親戚の多くが骨格にいくらか歪みがある)、引っ張り紙の張力、織り台やヘラの癖など、微細なずれを生みかねない要素を列挙していけばきりがないが、まず解りやすい部分から修正していこうということで、打ち込みから。糸の動きと、押さえた後の経紙と糸のバランス、特に花菱だと押さえ方の良し悪しが如実に出るため、検討にはもってこいかもしれない。

 どうでもいいが鹿島錦保存会初心者教室あるある。「他人の織りを見学しない人は、たいてい基礎織りで辞める」。錦そのものに興味があるか、錦を習い始めた自分が好きか、その差なんだと思う。もっとも、織り続ければ上達するのはどちらも一緒なので、後者にも是非続けてもらいたい。それとあれだ。「時間があれば私も織るのに」っていう人=何年経っても絶対織らない説に一票。本当に織りたかったら、時間の工面をすれば、月に数時間くらいは参加出来るはず。私も下手したら月に三時間くらいしか参加出来ないけど、いろんな方から助言や励まし&頂き物をしながら、何とか織り続けている。乳飲み子や要介護の高齢家族や引っ付き虫で嫉妬深いパートナーに振り回され通しの人は別として、興味があるなら飛び込んでみればいいのに。どうせ道具はしばらくは無料貸与なんだから。退職したら始めるっていう人も、一体全体この世のどこに、そこまでずっと元気でいられる保証があるんだか。

 私の代わりに力仕事をしてくれる腕力のあるメンズもサッサトコイヤーщ(゚Д゚щ)

※昨日の朝、ピザトーストを作って食べて、口の中を思い切り火傷。ひりひりするぅと気にしながら、「ミケランジェロプロジェクト」を視聴。再生直後に部屋の中を蜂が飛んでいるのに気づいて、慌てて避難し、夜になって改めて視聴再開。

 ヒトラーが元画学生だったのも、戦争の時に強制収容したユダヤ人や占領した地域から、歴史的な美術品を徴収したのも知っていたが、それらを取り戻すための部隊が米軍に存在していたのは知らなかった。Amazonではアクション映画か何かと勘違いした御仁が否定的なレビューを記述したりしていて星の数が減っているけれど、あくまでもヒューマンドラマ。タイトルがミケランジェロプロジェクトとなっているのは、ミケランジェロの聖母子像が、隊員にとって非常に重要な位置づけがされているから。

 博愛を旨とするカソリックの教義は別にナチズムのアンチテーゼではないし、ユダヤ人や、「遺伝的に完璧ではない」とされ、ゲルマン民族とはみなされなかった障碍者やLGBTに対する虐殺を座視したということで、当時のヴァチカンや法王は、現在でもむしろ非難をされる立場なんだが、それはそれとして、無垢の象徴である聖母と、愛と正義を説く神の代行者である幼子イエスが刻まれた大理石の像を、連合軍がナチから取り戻すという象徴性が、押しつけがましくなく主題を明確にしていて、小気味よかった。もっとも、部隊の構成員の背景が最低限にしか描かれていないため、劇中の重要なシーンが、どれも淡白で表層的に見えてしまうのが残念。ラストのシーンは間違いなく蛇足。他にもこれ要る? というシーンも多く、そのせいで緊張感が相殺されたのも減点要素。

 十代の時に美術部の同期と観に行った展覧会に展示してあったルノアールの少女像なども画面に出てきたので、印象派好きという点も含めて、個人的にはそこそこ楽しめた。主演はジョージ・クルーニーとマット・デイモン。脇はビル・マーレ―やジョン・グッドマンなど。

織り終わった

 本金終了。とりあえず、鶴三羽と、万華鏡と、7cm角の折り紙4枚分は確保。残りはペンダントにしたり、成人式のストラップ用に。出来ればストラップ用の分は綺麗なものにしたいので、今度織る図案の方が良ければ、そちらを優先。

 新成人でスマホでなくガラケーなんて人はおそらくいないだろうから、ストラップを使うにしても、チャーム代わりにするのかな。私のように先生から頂いた入会記念のストラップをペンダントに加工して身に着けるという使い方もありなので、お願い、安易にメルカリとかで売らないで。

 今回の経紙は、もともと半端に余った本金だったので、幅が狭く、最後の平織りを拾うのもそう苦ではなかった。両脇がでろんでろんなのを次は何とかしよう。織り台をひっくり返して確認したところ、案の定、引っ張り紙が一部はがれていたせいで、端が斜めにずれてしまっていて、基礎織の時に同じことを経験していたので、おそらくそうなんだろうなと訝しんではいたが、すでに修正は済ませたから、次回は今回より織りやすいはず。

 全体的に織りが粗いのは、単に私の実力不足。本当なら織り上がった時点で先生にご覧いただくんだけど、少なくとも来月末まで教室は休みということで、次回参加するときに持参できるように、いくつか作品制作を開始。個人的には平織りを折り紙にしてブローチにするのが楽しみ。

 今夜のうちに、同じ幅の本金を立てて、明日糸掛け予定。鶴の金彩の準備もしないと。織りだしの後、この間の図案を、来月中に20cm織るのが目標。

※写真に撮ると愕然とするくらい汚いが、実物は金の反射光のおかげで数割増しで綺麗だから。本当だから。ただ、正直、二年近く後輩のはずのIさんの方が、私より数段上手だったりする(´;ω;`)

先生の言葉を思い出す

 自身の性格を一言で表せば、まさにイラチ。周囲の人は私のことを人畜無害ののんびり屋だと勘違いしている節があるが、人間関係が面倒くさいから感情を表に出さないだけで、内面は結構起伏が激しい。数年に一回ほど、一気に負の感情が爆発して周囲を困惑させる。地味で地道な作業は決して嫌いではないけど、「いつ死ぬかわからないから早く仕上げないと」という焦りが常にあって、錦を織る時も、鶴を折る時も、しばしば翻弄されてしまう。

 いつだったか、鹿島錦教室の時に、先生から言われたことがある。

「糸掛けとかすると早く織れるけど、早いからっていい織りが出来るわけではないの。ゆっくりでも、丁寧に織るのがいいの」と。

 作品の販売はしても、商売っ気を出すのはご法度の鹿島錦保存会。多分、販売ありきで織りが荒れるのが、先生的には我慢できないんだろうなと推察。

 ごまかしの効かない平織りを延々織りながら、その言葉をかみしめている。先生はお元気かなあ。

※一昨年に盗み聞きした樋口先生とA先生の漫才風会話。だいたいボケが先生でツッコミがA先生。

樋口先生「鹿島実高には、仕立てまでできるy-chiさんに行ってもらいたかねー(*´ω`*)」

A先生「仕事しよいしゃっけん無理( ゚Д゚)」

樋口先生「あの人は織るとの早かけど、職場に持っていってこっそらーって織りよいしゃっとじゃないとー( *´艸`)」

A先生「そがんわけなかやろ( ゚Д゚)」

 六月いっぱいは教室もお休み。今後の予定も不明。存分に盗み聞きできたあの頃が懐かしい。

 

カフェインが効きまくり

 ここしばらく、カフェインレスのコーヒーばかりを飲んでいたせいか、直火式のエスプレッソメーカーで淹れたマグカップなみなみ一杯のコーヒーのカフェインが、脳をダイレクトに直撃しているところ。昨日は医学部付属病院まで母の受診に付き添い、今日も午前中は苗ものの整理。おすそ分けしたキュウリがマリーゴールドとミニひまわりになって戻ってきたので、それと、ようやく本葉が出たゴーヤと、かろうじて発芽した朝顔を鉢に移植し、雑草をいくらかむしり、鉢を移動し、したたか疲れて、エスプレッソを飲んでごろりと横になって半時間ほど経過し、今猛然とやる気に満ち溢れている次第。

 このやる気を利用して平織りをはかどらせよう。昨夜糸掛けを外して、織れるのは残り10cmほど。ヘラの分の目は死守しているが、糸掛けの分の目は延々拾わないといけない。基礎織の頃を思い出しつつ取り組んでいる。あのころに比べたら、平織りも随分とましになった。

 果たしてレセプト前に終わるかどうか疑問だが、出来るだけ早く織って、引っ張り紙を修正したい。

※小学五年の時に園芸委員になって、初めての仕事で校庭の花壇に植えたのが、マリーゴールドだった。懐かしい限り。

レセプト前に織り上げよう

 残り20cmほど平織りを続ければ一枚織り上がる。平織りでも綺麗な作品が出来るから、なかなか織るのが上達しないと嘆いている人(それは私)も、時々肩の力を抜いて織るという作業を純粋に楽しむために、積極的に平織りをすればいい。平織りには平織りの難しさがもちろんあるけど、嘆かなくていいタイプのわかりやすい難しさ。

 今まで鹿島錦に挑戦したメンズが長続きしなかったのは、多分平織りに逃げて遊ぶことをしなかったからではないかと推察している。初期の鹿島錦教室、および学校の鹿島錦クラブを含め、私が一番長く続いているのは、十中八九逃げ方を知っているからに相違ない。

 長いといっても、ようやく二年半を過ぎたばかり。丸三年を迎える直後に開催される(予定の)文化祭までに、もっと上達しなければ。

 

予定変更

 新しい図案、十二段織ったところで、あぐりに巻き取っていたオレンジの色が尽きる。この間までの模様に比べて時間はかかるけど、拾うのも織るのも問題なさそう。やはり綾織りのときは、メンズの場合は意図的にソフトに押さえなければならないと痛感。文化系で非力な部類の私ですらそうなんだから、体育会系のメンズはなおさら。

 多分このまま問題なく拾えるだろうなという感触はあるが、経紙が中央に寄ってしまっているため、その部分の花菱がやたらと汚い。このまま織っても時間がかかる上、汚菱を量産するだけかなと考え、残りは平織りにすることに。淡い色の糸でランダムにボーダーを入れて、折り紙にして、ブローチと簪を作ろう。多分蝶とツイストローズになら問題なく出来ると思う。

 次の経紙を立てる前に、斜めに歪んでしまった下側の引っ張り紙を貼り直さないといけない。新しく経紙を立てたら、改めて今の図案で織り始めたい。

養蚕について調べてみる

 時々何かについて調べまくりたくなる性分。今調べているのは、ハンセン病と養蚕。調べるといってもモニタの前でキーボードをカタカタ言わせて関連語句を入力して検索したり、ヒットした書籍を古書で安く買って読む程度なんだが、養蚕系のネット記事を読んでいて、そういえば我が家も昔は蚕を飼っていたなあと、祖母たちのことを思い出してしまった。

 飼っていたといっても、私が生まれるはるか前の話で、実体験ではなく伝聞でしかない。今は荒れ果ててしまった果樹園は、私が生まれた当時はミカンが植えられていたが、その前は輸出用のサフランを育てていた(らしい)。おそらくその前は桑を植えていたのではないかと勝手に想像。

 蚕が一斉に桑の葉をかじるとき、あたかも雨が降るような音がすると教えてくれたのは大叔母だった。

 今でなくてもいいので、せっかく余った土地があるのだから、いつか一から勉強をして、蚕を育ててみたいと夢想している。

 お隣福岡では、博多織の方も、自分で蚕を育てるプロジェクトを実施していらっしゃるそうな。素晴らしい。経紙用の柄箔と絹糸両方を自分で作れるようになったら、どれだけ人生が充実するだろう。休みがないという意味で。ちなみに人工飼料であれば繭になるまでに数回餌やりをすれば大丈夫らしい。

※備忘録。ぐんま養蚕学校

※蚕を育てるだけでなく、鹿島錦の糸にするためには、染色の技術も学ばないといけない。新型コロナが落ち着いたら、群馬に通えるかどうか多角的に検討してみる。

次の図案に入る

 今夜から花菱と枡のユニットを織る予定。織り始めは特に拾う目を間違いやすいため、余ったオレンジの糸一色でそのまま数段織ってから、色替え開始。今回は最初の図案から「ここまで織る」と定めた目標まで、投げ出さずに織れるようになった。我ながら成長を感じる。

 進み方なんて人それぞれなので、十年後二十年後に「これいいね」とお褒めの言葉を頂戴できるような織りが出来ればいいやもう。そこまで私が生きていられる絶対的な保証は、まあ、もちろんないわけだけど、とりあえず織り続けていれば、きっと何とかなるだろう。

 そういえば、越前屋の通販サイト、担当の方によると「佐賀錦の糸は全部掲載するのは大変だから、一部の色だけにしているんですよ。お問い合わせいただければ対応いたします」みたいな感じだったのが、究極進化を遂げたらしく、現在白と黒の二色だけがカート経由で注文可能となっている。ただ、「フレンチトリコロールに使えそうなビビッドな赤」程度の説明で望み通りの色糸を手に入れることに成功した私の経験から言うと、結構アバウトな内容でも、あちらで斟酌してくださるので、カラーチャートの番号とかで色指定をして、一番近い色をとお願いすればいいのかも。

 余談だが、織り台用に、ヘラなども一緒に入れられるパステルブルーのトランク型のバッグが欲しくなり、先日ダイソーでエコクラフト系キットをいくつか購入。小さいもので練習して、いつかトランク型のバッグを作ればいいな。ちなみに腹巻用毛糸の正方形ユニットはまだ八枚目。気に入った糸ではないためなかなか編もうという気が起きないのもあるが、単純に時間が足りない。切実に欲しい。