「個人的備忘録」カテゴリーアーカイブ

リメイクブーム

 完成度がアレなので画像は控えるが、いろいろなものをリメイク中。マステを貼っただけの簡単なものから、錦を使ったものまで、いつ終わるんだという具合に数多の予定を立てているところ。

 今一番リメイクしたいのは、チプカシLA670W。二つ所持していて、一つは並行輸入版でデニム調のベルト。もう一つは国内版の金属ベルト。私は金属ベルトの時計が嫌で嫌でたまらないタイプなので、早々に市販のベルトに付け替えたんだが、二回交換して、二回ともベルトがちぎれてしまった。

 LA670Wに出会うまで、G-SHOCKとチプカシをいくつか試してみたが、G-SHOCKは多機能ながらとにかくごつくて重い。他のチプカシも、機能が限定されている分軽いけれど、どうも使いづらい。最終的に「もっと軽く。もっと小さく」という観点から選ぶことになり、レディース向けとされているLA670Wを選択。「それ女性用じゃない?」と訊かれることもあるが、2020年にもなって、男性用女性用って、考え方が古いにも程がある。男物のTバックもあれば女物のふんどしもあるご時世に、何言ってんだか――と心の中で言い訳しつつ「へへへ」とうすら笑いでごまかしたけど、実はLA670Wって、そういうマイクロアグレッシブも気にならないくらい、タイマー機能がとにかく便利。

 一部のスポーツ用のG-SHOCKを除き、CASIOの腕時計のほとんどは、私が知る限り、いったんタイマーモードにしないと時間を設定できないのに対し、LA670Wは、時計表示のまま、モードを変えずにタイマー設定が出来る。どういうことかというと、他の時計では

  1. 時計画面からタイマー画面に移動
  2. タイマー時間を設定
  3. スタートボタンを押す

 という手順を経なければタイマー機能を使えない。複数設定が可能な高級機種ならともかく、チプカシ、それも特に安価なものの場合は、前の設定を記憶して維持する仕様なので、必要があれば、毎回設定をし直す羽目になる。

 一方、LA670Wの場合は

  • 本体右上のタイマーボタンを押す

だけ。モード変更の必要はない。文字盤の上部に、1 3 5 10 15 20 30という7つの数字が記載してあって、タイマーボタンを一回押せば1分、2回押せば3分、7回連続で押せば30分のタイマーがスタートする。

 もう、これが料理をする時とかにすこぶる便利。操作は簡単だから、鍋から目を離さずにボタンをピピピピピと押せば事足りる。バックライトがなくて暗い場所では時間がわからなかったり、他の時間設定は出来ないなど、不便と思う人もいるだろうけど、私の場合はこれらのプリセットのタイマーで充分。ストップウォッチもアラームも時報も使ったことがない。だって夜は犬の散歩以外は錦を織ったりレジンを固めたりしているだけだもの、私の場合は。停電とか災害で避難でもしない限り、暗い中わざわざ時計で確認するなんてことはないはず。

 薄さと軽さを損ないたくないので、マクラメでリメイク予定なんだが、バネ棒と本体の隙間が狭く、コードを通しづらい。思案して、簡便に手持ちの両カンプレートを本体裏側に貼り付けようかと思ったけど、カンの部分がやや脆弱で、腕時計向きではなさそう。代わりに、カンの部分がしっかりした、ゴールドの両カンミール皿を裏に貼って、流用することにする。

 所持している二つのLA670Wうち、ベルトがちぎれずにいるのはこのタイプ。文字盤はネイビーだから一番右。防水使用なので大丈夫だろうと考え、眼鏡用に買った超音波洗浄器で洗っている。

 このタイプもシンプルでいいなあ。なお私は手首の内側を向けて着けたりはしない。だって文字盤が見にくいもの。

パワスト好きと思われるのがつらい

 パワスト好きの方、いらしたらごめんなさい。

 予防線は張ったので好きなことを書かせてもらう。北出幸男氏が国内でパワスト展開を行う前からの鉱物好きで、石英や橄欖石を拾っては嬉々としていた子どもだったので、マイ水晶なども中学生の時には持っていた。当時、山梨などの産地や、一部の宝飾店を除き、鉱物類を買うには電話で業者に連絡するくらいしかなく、当然周囲には鉱物の専門店も存在しない。そういう環境で育ち、日々水晶が欲しいようと不遇さに悶々としていた私が、青天の霹靂で見つけた二見書房の水晶付きの怪しい本。購入したのは多分諫早の西友にあった本屋だと思う。初めてのクリスタルだと嬉々として手にして、お小遣いの中からレジで支払いをしたのに、家に帰って開封したら、あろうことか、水晶が入っていない。多分不心得者が中身だけ抜いたんだと思うが、たいていのことならあきらめて受け入れる私でもぶち切れて、二見書房に苦情の手紙と購入した本を送ったら、無事水晶入りの新しい本と取り換えてもらえた。

 その時の水晶はすでに紛失してしまったけれど、後から同じシリーズで発行された本のおまけのローズクオーツは、今に至るまで所有している。もう、購入してから三十年以上か。

 手持ちの石の中で一番古いのは、そのローズクオーツだが、祖母姉妹の形見の指輪と合わせていつも身に着けているルチルクオーツの勾玉を買ったのも、もう四半世紀以上前。当時はまだ鉱物類の値段がそこまで高騰していなかったが、三万近く払って買っただけあって、透明度は申し分ない。もっとも現金書留で通販を利用したので、確実にぼったくられているとは思うが、ルチルも自己主張するほど激しくなく、光にかざすと繊細な針が見て取れる程度で、私の好み。

 そんな感じで、気が向いたときに細々と集めた石を時折取り出しては愛でつつ時を過ごしていたら、いつの間にかパワーストーンという概念が世間を席巻してしまっていた。それでも、最初の頃は、街角に石屋が出来て鉱物類が買いやすくなるなど、恩恵の方が大きかった。蛸薬師通りや、八坂神社近くの石屋には、当時ともに京都に住んでいた月光百貨店の店主と一緒に良く通った。ただ、その頃は石の効果と言われてもアバウトで、「ローズクオーツは恋愛によい」などPOPに書かれていても「ふふ」と失笑する程度で済んだが、いつのころからか、レジで支払いをする時に、「この石にはこんな意味があってぇ」などとしたり顔で説明されることが増え、うんざりして、石屋に通うことはしなくなった。今は必要になったときに、ビーズ類を、似非蘊蓄をたれない店に買いに行く程度。他にも、今ストーンショップと呼ばれるところに売ってある石は、ほとんど品質が劣化していて、昔なら二束三文の屑石として処理されていたものが、そこそこの値段で売られていたりするので、そのあたりも受け入れがたい。

 以前から押しつけがましいパワスト信者には「金運に効くという石を、なぜ発展途上国の労働者は自分で持たずに輸出するのか」と難癖をつけたりしてきたが、私が石の効果で信じるものは、ピエゾ効果以外であれば、「硬いです。これで頭を叩くと痛みが走ります」とかのネタくらい。

 ルチルの勾玉以外にも、海事で潜水をしていた中学時代の同級生が、海の底にはこういうのが入った岩がゴロゴロしていると拾ってきたくれた驚くほど大きい黒水晶や、東京の友達がくれたアクアオーラの勾玉、地元の友人と二十代の時に日帰りで出かけた長崎旅行で、グラバー亭へと続く坂の途中にある店で買ったレインボークリスタルなど、想い出とつながった石は、どれも手放せないし、手放したくない。連絡を取ることもなくなった人も、それから連絡自体が出来なくなった人も、それらの石を愛でる時には、必ず思い出す。今はもう、よほど惹かれない限りは、新しい石を買おうとは思わない。

 長くなりそうなのでこの程度で切り上げるが、結論としては、「パワーストーンとか言わないで」ってこと。少なくとも私に対しては使わないでほしい。使ったら唇に五寸釘打ち込む。

鹿島錦が……売ってある……だと?

 何気なく楽天で鹿島錦を検索したら、嬉野のジュエリー販売会社が、鹿島錦のブローチを二種販売しているのを発見。最初はふるさと納税かと思った。

 裏の事情を妄想するといろいろ怖いため、見なかったことにする。まあ、鹿島錦も、保存会以外にいろいろと派閥があるらしいので、そういうことなんだろうと、一番無難な推測をしてお茶を濁しておく。もしかしたら私が知らなかっただけで、会の方で「こがんとも良かねー」と、決定をされたのかもしれない。それだったら怖くないぞ元気を出すぞえいえいおーと自分を鼓舞してみるが、その可能性はおそらく、あからさまに低い。考え出すときりがない。昼日中から恐怖のズンドコ。

 あくまでも私見だが、今後はむしろ鹿島錦保存会の方から、きちんと検品した商品を販売する場を開拓していく必要がありそう。もともと生活の心配のない立場の人たちがやってきた織物で、生計に密着しておらず、県内での販売はあっても、全国展開を目的とした販路はない。過剰な利益を求めたいなら、錦を織るよりその時間をパートに当てた方がよほど効率的なのでそちらを薦めたいが、支払った材料費と会費を、自分で織った錦を販売することでカバーするサイクルが確立出来れば、素晴らしいこと。私たちのような初心者でも、一番綺麗に織れている部分を先生方に見繕ってもらい、一つでも二つでも小物を販売できれば、自分たちの勉強にも、継続のための強力な動機付けにもなる。

 鹿島市のふるさと納税返礼品作成要因として、市役所に嘱託(しかも出来高制)で雇ってくれたら、レセプトと請求書作成以外の仕事をほっぽり出して織りに通うのに。

 くだんのショップでは、マクラメジュエリーも扱っている。これがまた綺麗。私も巻き結びを自由自在に結べるようになりたい。

やっと織りに戻れる

 実は昨日のうちに、出品予定の作品は全部完成したんだが、今日は溜まっていた本のスキャンと、マクラメ糸の整理と、東京の友達&自分用に、嵌めるだけで合谷他のツボを刺激できる、ローズクオーツのビーズを使ったおそろいの健康グッズを手作りしていたため、結局織り台を防音室に戻すくらいのことしか出来ずじまい。

 それにしても、スワイショウをさぼってちょっとしかやらなかった日の翌日は、てきめんに肩がこる。

 スワイショウとともに、毎日やっているのが、足裏刺激。方法はいくつかあって、その時々で、青竹踏みをしたり、小槌で足裏をたたいたり、中山式快癒器を使ったり。

 青竹踏みは、現在はこちらと同じ商品を愛用中。

 かなり足の裏に来るので注意。ちょっとでも怪我をすると「ひいいいいい」と子どもの頃から騒いで、周囲に「大げさ」とののしられてきた私だが、足の裏の痛みにはどうも人一倍強いようで、他の人が激痛で顔をしかめるような状況でも、割と平気。「健康なら痛みはない」なんていう人も言うが、私は複数の持病持ちで、健康とは程遠いんで、痛みをひどくは感じないからって、即健康ってことはありえない説に一票。

※今日も今日とてSeriaの手芸コーナーを散策。貴石工房パックさんのお買い得セットのワックスコード、折り紙ケースにぴったり収まる長さであることが判明。

 糸の整理がはかどった。手芸コーナーも、代わり映えがしないなあ(単に通いすぎ)と思っていたら、シャワー台もエンドパーツもクラフトコーナーに在庫があるのを発見。かなり衝撃を受けた次第。ダイソーと合わせれば、年に何十回も手芸コーナーに通い詰めているんだから、気づけよ、私。今日は国道207号線で若者の集団ツーリングの取り締まりをやっていて、驚くくらいの数のバイクがいたけど、それを目撃した時と同じくらいの衝撃を覚えた。でも、私が見た限りでは、どんなに派手な装いをしたザ・珍走族みたいな子でも、きちんと信号は守っていたけどね。昔の珍走族よりずっとまし。

 シャワー台は、そのまま銅板代わりに使えるから便利。カボションよりなだらかなカーブだから、錦を貼れば多分違いはわからない。トライポフォビアの人は決して検索しないように。

いろいろとイライラ

あーもう。

――と脊髄反射でぼやかずにはいられない案件が多すぎる。単純作業をやると、マインドフルネスのような感じで心が安らぐというが、私の場合、錦を織ったり、鶴を折ったりしている時はそうかもしれない。でも、マクラメやレジンの時は、逆にアッパー系。時として必要以上にイライラしてしまう。

 そのイライラに拍車をかける形で、佐世保より、楽しみにしていたかっちぇて落語会の中止のお知らせ。残念だが、顔付けが豪華すぎたため、延期には出来ないという説明にも納得。とにもかくにもコロナ19のせいで幻の落語会となってしまった。

 指定席2,500円でこの顔付け。画像は記念にサイトから拾ってきた。著作権は当然私にはないが、チケットを何度も購入しているので見逃してくれることを願う。扇辰師匠の茄子娘とか好きなんだけどなあ。扇遊師匠にはボトルシップのネタを披露してもらいたかった。喬太郎師匠は、多分かっちぇてでは無理だろうけど抜けガバドンを。白鳥師匠直伝の三三師の豚次も聴きたい。これもかっちぇてでは絶対無理か。

 次回の予定は、滝川鯉昇師匠と、三遊亭兼好師匠。私が初めて参観した落語会の時と同じ顔触れ。その日は桃月庵白酒師匠も一緒だった。多分打ち上げでさしで飲みながら「次回はシロザケ抜きで」という密約が交わされたに相違ない。鯉昇師匠の落語って、電子辞書に良く収録されているけど、なんでなんだろう。

 かっちぇてでは、前座代わりに子どもたちが落語を披露するんだけど、これがまた可愛かったり感心したり。会場では泣き出す人もいる始末。多分ご親族の方。ただ……ブルドッグソースの連呼はネタとしていかがなもんかと。

 お子らの夢を純粋培養するためには、客の拍手は欠かせない。私も多めに叩くことにしている。

 

 

何かが足りない気がする

 私が在学時の鹿島高校は、夏休みの修学旅行に行けるのは女子のみで、男子は真夏であるにもかかわらず、強制的に草むしりをさせられた。ジェンダーロール云々抜きに、「なんで?」というのが、率直な感想。

 まあ、その頃の鹿城生の旅行先は、京都という、卒業後しばらく住むことになった都市だし、あの盆地の夏冬のしんどさや過ごしづらさを嫌というほど体感しているため、そこまでの空虚感や羨望はないにしても、やはり心のどこかで、学生時代の一大イベントである修学旅行を体験できなかったという事実を、寂しく感じるときが、いまだにある。

 今、コロナ19の影響で、卒業式やスポーツの大会など、人生の中でも大きな位置を占めるであろう出来事が、中止になったりしている。幸い佐賀県はまだ確定者は出ていないけれど、時間の問題だろうし、疑わしい症例もちらほら出始めているときいた。

 かなりの数の学校で各種イベントが中止になっているので、 決して幸いとは言えないにしても、 将来今の事態を振り返った時、「俺らのころ何でもかんでも中止になったっけ」と話題になることもあるだろう。だから、他の高校に進んだ同級生は全員修学旅行に行けたのに、自分たちだけ行けなかった(しかも一学年下からは男子も行けるようになった)ゆえに、いまだにその手の話題が出ると会話についていけないという切なさを感じずに済むという点だけに着眼すれば、今の学生たちの方が、私らよりましかもしれない。ただ、それは、掛け値なしに「その点」だけ。他は多分足元にも及ばない。

 なんにせよ、本来享受できるはずだった悲喜こもごもの感情を味わえずじまいで、人生が否応なしに進んでいくというのは、かなりのストレスを生むはずだし、とにかく非常に気の毒。私より上の、当然修学旅行に行けなかったOBは、節目となる60歳などの年齢で、折りを見て自分たちなりにプランを立てて、何十年も遅れて修学旅行を楽しんでいると、かつて新聞記事で読んだことがある。コロナ19の騒動が落ち着いたら、何年後でも、あるいは何十年後でも、経験できなかったイベントを追体験してほしいと思う。

 余談だが、鹿島錦の顔である樋口ヨシノ先生は、戦前に初めて祐徳神社で鹿島錦の筥迫を見て、その美しさに魅了され、織りたい織りたいと願いながらも機会がなく、三十年以上経ってから、ようやく鹿島錦の手ほどきを受けることがかなったそう。それから五十数年、鹿島錦保存会を牽引しつつ、織って織って織り続けられた。「今でもあれ織りたいこれ織りたいて毎日毎晩思うと」と仰るように、意欲に関しては、会の誰も勝てないほどの次元。三十年以上の渇望は、確実に、おびただしい作品を育む母胎となったはず。織り始めたばかりの初学者としては、敬服するしかない。

マスク生活を楽しむ

 ゆりかごから墓場までみたいな感じで、感染症から花粉症までと、季節限定とはいえ、外出時や仕事中は、マスクを常時装着している。もちろん、慣れてはいるけれど、装着に際して不快感やストレスがまったく無いわけではない。どうせ着けなければならないなら、少しでもストレスフリーを目指そうというわけで、実践していることが二つ。

 一つは、長時間装着していても耳が痛くならないマスク紐。ゴムを直接耳にかけると、炎症を起こして激痛に見舞われるため、マクラメなどで毎年必ず制作している。これがないとマスク生活は無理。ゴムを耳にはかけずに、首の後ろに回して装着して病院などに行くと、「どこにかけてるの?」と二度見されること請け合い。短くて作るのも簡単なので、耳の痛みに悩んでいる人は、是非作るべし。

 もう一つはエッセンシャルオイル。私の場合は山茶花高原のハーブガーデンで調達した、ブルーのボトルが美しいGAIAのラベンダーオイルを使っている。マスクの下、出来るだけ端の目立たないところに一滴垂らすと、マスクを通してアロマの香りを楽しめる。オイルによっては刺激が強すぎる場合もあるので、少量から試すこと。

失敗と成功と

 リメイクした無印良品のインテリアフレグランスの存在感が希薄だったため、これで最後と、どでんとでかいパーツを張り付けた。もともと大きくて平らなものを、無理を承知で貼り付けやすいようにペンチで曲げたんだけど、どうしようもなく形がいびつに。一個しかない材料で、修正が出来ず、最後に調整しながら貼り付ける必要があったのをうっかり忘れて、接着剤を塗っておいただけで放置していたら、衝撃的なほどに左右差が生まれてしまった。幸い、パーツのデザインのおかげで、遠目ではわかりづらいため、出来るだけ奥の方に展示したいところ。

 他、大きな反省点として、

・部分的に金液を塗って再焼成してから制作に入れば、よりきれいに仕上がったはず。

・手持ちの数少ない錦を使ったので、色のバランスがおかしい

 などをあげておく。どちらももっと経験を積めば何とかなるかな。最終的には、木目込み人形のように、錦を埋め込んでいける溝を彫りつつ、土台から自分で作ることを目標にしたい。本音を言えば、もっといろいろな材料や道具を自分で作りたいんだが、いろいろと制限があるため、今はとりあえず自分でも出来ることをやる。

 ところで、良かった点は

・初めての挑戦で、問題はあったにしても、何とか錦を無駄にせずに、やり遂げた。

 そこしか褒めるところがないというのも……。

 まあ、陶器や磁器が土台なら、どうしてもやり直したければ、金属パーツや錦など、剥がせるものを剥がしてから、電気炉に入れて焼成すれば、接着剤などは燃えてなくなるため、気分としては楽かも。

※制作過程で、円形に台紙を切り取る必要が出て、以前買った、ラチェット式のコンパスカッターを探す傍ら、かつてアトリエ今物置の2F和室を整理していたら、京都で一人暮らしをしていた時に使っていたアイロンも出てきた。(*’ω’*)

 将来的にはロータリーコンパスカッターも要るかも。布や陶芸紙を円形に切るには、やはりロータリータイプの方が使い勝手がいい。錦も切れるのかは不明。

OLFA(オルファ)ロータリーコンパスカッター186B

 こまごまとした物で溢れているので、接着剤やカッターなど、用途・種類別にまず仕分けをして、それから整理することにする。ところで、アイロンを眺めていたら、京都にある和紙の専門店の鳩居堂(きゅうきょどう)本店に行きたくなってしまった。地元→岩倉→地元→修学院→地元→(大阪の)野田→桃谷→諫早→地元という具合に転居を繰り返してきたが、地元を除き一番長く住んだのが、修学院。市バスの5号系統か、出町柳から叡電が主な交通手段だった。一番短かったのは野田。友達のところに居候。

最終兵器マジコ発動

 錦を織らなくても肩がこる族の部族長候補という身分のせいか、錦を織ると輪をかけて肩にくる。なんとなく身体によいと聞けば、明らかに体に悪そうなことまで試さざるを得ない、ちょっとアレな人たちとは一線を画してほしいが、それでも結構な健康オタクのため、今まで色んな健康グッズやサプリを買っては後悔し、注文しては嘆きを繰り返してきた。もっとも、食べる酵素に騙されるほど素直な性格でも純真でもない。だいたい日常生活で口にして有用と言えるのは、非加熱の大根の中にある消化酵素くらいだし、そもそもタンパク質である酵素と菌類である酵母の違いをまるで理解できないって一般常識としてどうなんだろうと思う中、購入以来後悔には程遠い製品の筆頭としてあげたいのが、知らない間に一部商品をマジコと名前を変え販売していた中山式快癒器さん。

 日本国内だけで数千万人はいるといわれる、肩こり協会構成員は、二大派閥として、ストレッチポール派と中山式快癒器派に分類できるという説がある。もちろん嘘なんだが、検索した限りでは、ストレッチポールを推す人も少なくない。あくまでも私の場合だが、ストレッチポールだと頸椎ヘルニアが出てしまうことが多いため、頻度としては、部分的に刺激できる中山式快癒器さんのお世話になることが、圧倒的に多い。

 快癒器さん以外に、肩こり解消に役立っているのが、ストレッチやスワイショウ。スワイショウの存在は、三十年以上前にある胡散臭い新書で知ったが、継続しての実行は困難のまま時間ばかりが経過してしまった。ただ、簡単な運動ながら、肩こりにはかなりの効果があるため、ストレッチやフェルデンクライス同様、時々無性にやりたくなって三日くらいだけ実行する。ちなみにここ数日はスワイショウモードで、だいたい寝る前に落語一本分の音声を聴きながら腕を振ったり、左右に腰をねじったりしているところ。

 それで、昨夜スワイショウの後中山式快癒器の上に寝ていて、ああこの後日課の足裏叩きをやらないととぼんやり考えていて閃いたことがある。

 二球式の快癒器二つを肩幅の感覚で置いて、その上に足の裏(湧泉とか)を乗せて前後に腕を振るタイプのスワイショウをやったら、足つぼ刺激も同時に出来てよくない? ツボ刺激は効果が分散しないように一度に刺激する箇所を制限したほうがいいとは聞くが、どちらかというと筋肉をほぐして寝つきを良くするのが目的なので、足裏をほぐす感じで試してみたくてたまらない。

 なお、現時点で所持している中山式快癒器は

  1. 一度でOK六球式
  2. 通常タイプの四球式
  3. 通常タイプの二球式
  4. マジコになって以降のふわふわピンク四球式
  5. マジコになって以降のふわふわピンク二球式

 便利なんだか便利じゃないんだか、実際使っても今一つわからない六球式は納得出来るが、ふわふわマジコはなぜ販売中止になったんだろう。通常タイプの二球式がもう一個あれば、足の裏にあてがうのにバランスが良いということで、Amazonにお急ぎ便で注文。鳥栖の倉庫に在庫があればすぐ届くはず。座った状態で両方の太ももの下にそれぞれあて、体を揺らして刺激したりもできるかな。使い方をいろいろと検討しなければ。基本的にだらだら使えばいいので、その点は努力皆無で楽。

ライセンス認証の壁

 両親ともに70代にしてはあっぱれと褒めるべきか、かろうじてPCは使える。父の場合は前職で必要に駆られ、母の場合は一念発起して公的なPC教室に通って覚えたのだが、二人ともワードとエクセルの基本機能を使う程度で、他はずいぶん頼りない。海外在住のお孫さんとメールやアプリ通話をするために勉強され、「大河ドラマのあらすじのよーわからんやったけんが検索して調べたとよー」と、出合頭に破顔しておっしゃるお向かいの100歳のおばあちゃんの方が、よほど達者。私より人生に活用されているかも。

 しかも、始めるのが遅く、初OSはすでにWin7だった母の場合は、8にも10にもすぐに適応できたが、父の場合は、XP世代。そのせいで、新しいOSにいまだに適応できず、退職時に退職金で自分への退職祝いと主張して買ったSONYの無駄にでかいVAIOを十年以上使い続けていた。当然メンテナンスなどはせず、ウイルスチェックはおろかレジストリのクリーニングとも無縁。あまりにも危うすぎて、ネットには一切つながせなかったんだが、そのおかげで、XPのサポートが終了してからも、書類作りを続けることが出来た。ただ、行く川の流れは絶えず。先日とうとうおしゃかになってしまった。BIOS起動後XPが起動できずにいたから、Win95時代から何度か経験した起動ファイルのエラーかなとは思ったけど、そろそろこいつも休ませてやらねばといいうことで、処分確定。ハードディスクを取り出し、PC内ですら整理が出来ない父が作り続けた、これまた無駄に多いデータをUSBメモリに移動するために、自分のPCにいったんコピー。エクセルとワードのファイルのみを取り出して、無事移動は完了。

 問題はこの後。父に新しいPCを買うように薦めたが、一切動こうとはしない。母のPCを勝手に借りて自分の書類を作るものだから、母がぶち切れる始末。仕方なく、以前AV Linux(この場合のAVはアダルトビデオではなくオーディオビジュアル)をインストールして遊び、その後飽きてXPをクリーンインストールした古いVAIOを引っ張り出した。ただ、リカバリディスクからではなく、オークションで調達したOEM版のディスクからインストールしため、もちろんOfficeなどは入っていない。Officeを買うにしても、メルカリで買うかオークションにするかと思案していた昨日、職場のとある部屋を整理していて、カーテンで目隠しされた棚の隅にOffice 2003があるのを発見。断っておくけど私が置いたものではない。注文した記憶はあるため、多分退職したスタッフが置いたんだろう。くだんのVAIOにAV Linuxを入れたのも、リカバリディスクを作る前に初期化して使わなければいけないほど不安定な個体だったからで、修理に出した後、XPとoffice2003をインストール→PC買換えで不要になったためAV Linuxで遊ぶ→飽きて再度XPという順番でOSを入れ替えたんだったと思い出し、持って帰って、自宅で早速インストール。無事起動を確認した。

 ここで問題発生。Office2003からは、パーソナルパックであっても、ライセンス認証が必要だった。うっかり。しかもPC全体で起動回数をカウントするらしいので、アカウントを別に作って新しくインストールしてもダメ。再インストールするときも、カウントのためのファイル自体がアンインストールできていないため、機能制限は回避できない。Office XPの時は、カウントするためのファイルを書き換え出来たらしく、2003でも多分何かの形で出来るんだろうけど、素人の私が下手に書き換えて起動しなくなったら事だから自粛。

 まあ、もともとインストールしていたPCだしということで、電話認証でクリアできるかなと検索をしてみたら、すでにサポート終了して何年も経っているため、自動音声相手の認証操作は不可能とのこと。残る希望は有償サポートながら、金を払ってまでオペレーターに「そろそろ後期高齢者の父がごねて」と説明するのもこっばずかしい。しかも、PCおしゃか事件以来、あつものに懲りてなますを吹くで、バックアップは私に丸投げしたうえで、USBメモリを保存場所に指定するようになったという経緯もあり、どうせ本体に保存しないんだから、新しいPCを買ってXPとOffice2003とプリンタのドライバまでをインストールした仮想PCを作って、それをいくつもコピーして保存して、それぞれOfficeファイルが機能制限されるまで使って、後は削除してという手段を取った方が良くないかとも考えたんだが、XP搭載時代のVAIOの見た目も父の愛着の対象となっているようなので、今回は断念した。

 制限なしでの起動可能回数上限に達するまでに、どこかでライセンス認証の不要な、さらに古い時代のOfficeを購入して、インストールして対処する。出来れば新しいPCを買ってくれ、父。

※Linuxのイメージデータといえば、PuppyとMeeGoをバックアップ用HDDから削除せずにそのまま残している。Puppyはレスキュー犬として有用だから今後も保存。ネットブック用のMeeGoは開発途中での試験公開だったらしく、かなり不安定。だが、著しく可愛いため、息抜きに仮想PCで遊ぶために保存。拾い画像でご覧あれ、一応Bluetoothも使えるMeeGoさんの可愛さを。

※懐かしい話をもう一つ。昔の介護保険対応ソフトの中には、サービス単価をAccessで書き換えることができるものがあった。介護保険開始当初は基準該当事業所だった私のところも、とにかくどのソフトも値段が高くておいそれとは手が出せない上、改定時のお定まりの混乱の中、なかなか新しいソフトが出来てこなかったため、一回目の単価改定の時は、町内の事業所が提供するサービスの分だけAccessで編集した。次の改定の時には、すでにデータにロックがかけられ編集できず、レセプト用のcsvデータの内容を、テキストエディタで、変更されたサービスコードなど、部分的に書き換えて対応していた。ちなみにPCに関しては年季の入った素人という程度で、Accessは今に至るまで全く使えない。結構なチャレンジャーだと自負はしている。