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鹿島錦教室はしばらくお休みです

 受診後、昼食を摂っているときに、鹿島錦保存会の緊急連絡が回ってきた。今日のミーティングで、新型コロナの感染予防策として、鹿島錦教室をしばらく休みにすると決まったとのこと。

 次回は3/19の開催。この日が休みにならなかったのは、多分、祐徳博物館での作品展の搬入の都合。19日に取りまとめて博物館にもっていき、リストを作る予定はそのままということなんだと思う。

 なにぶん、先生が高齢なので、致し方ないかなと。私ももし感染したら重度化するはずだから、前にもまして気をつけることにする。

最近織るのが楽

 前回の銀の途中から、おそらくは肩の力が抜けたんだと思うが、織るのが楽になってきた。今の模様は、先ほど測ったら、9cmほど。一日でも織らない日があると、織りたくてうずうずとしてくる。

 以前までは「縮む―」「進まない―」と、いろいろな人にウザがられつつも訴え続けて自我の崩壊を防いできたけれど、縮みはしても今のところは許容範囲。進まないのもさほど苦ではなくなった。歯を食いしばりながら取り組んだ基礎織の時は到底到達することがかなわなかった7cmのノルマも楽々――とは言えないかもしれないが、クリア。今回は鶴の翼に貼るのに必要な14cmを織り終えたら次の模様に進む予定ではいるんだが、まだまだ余力を残している。ただし残念ながら糸がない。褒められた対処では決してないが、似た色の糸でごまかすつもり。

 入会してから二年と四ヶ月が過ぎた今、思い返せば、とんでもなく下手だな、すこぶるつきに織りが汚いなと自覚してはいたが、自分が錦を織るのに向いていないのではないかとか、将来もずっと織れないままなのではないかというネガティブな思考に囚われ続けたことはない。織ってさえいればいつかは巧くなるよね、誰だって、という姿勢が、私のデフォルト。ただ、織れるようになるまであきらめずに続けることが出来るのかという不安は常にぬぐえずにいたので、まがりなりにも形になりつつある今、その種の不安を脇に押しやり、素直に織りを楽しめればと思う。この先またいろんな壁にぶつかるだろうし、細糸を使うようになればさらに進まなくなるはず。仕事をしながらの私の二年四ヶ月と、錦に明け暮れた先生方の二年四ヶ月とでは、明らかに濃度も密度も違うだろうけど、今後も自分のペースで続けていこうと考えている。

 まずは鹿島市の成人式の記念品である鹿島錦のストラップをきちんと作るのが目標。次からは作りなさいと念を押されているので、力まない程度に気を引き締めねば。

※後からいつでも好きな時に、誤変換や脱字を修正できるって、往時の天地真理ばりにステキなことね。

今朝の私のファビュラス体験

 ここだけの話、今朝の私は実にファビュラスでゴージャスでアンビリーバブルでワンダフルでエクストラオーディナリーでマーベラスでエレガントでエクセレントな体験をした。

 まあ一言で書けば寝坊したってだけの話なんだが、その分午後は珍しく吐きそうなくらいに書類作りに追われてしまった。

 疲れ果てた状態で二匹の犬の散歩を済ませ、友達から送ってもらったカルディのお菓子をほお張り、織り台に向かったばかりのところ。会の台を返却し、小型の台に変えてから、モニタと織り台と縦に並べる配置でもキーボードを置くスペースが出来て、文字入力がすこぶるしやすくなった。

 明日はかかりつけ医のところを受診の後、午後も休んで織ろうと思っていたけど、急な書類を作る必要性が出たので、今日は入浴の後に織れるだけ織る予定。BGMは故桂枝雀師匠。

 寝坊に関しては心の底から謝罪しておく。

 どうもすびばせん。

猫にゃんにゃんにゃん、犬わんわんわん

 白鳥師匠は「ピザでしたー」というわけで、東京の友達がカルディの限定商品を送ってくれたよ(*’ω’*) いつもステキなものをありがとう。 

 私と同様カルディが遠方にしかない哀しき民達よ。この機会に猫の日限定発売の高貴な猫バッグを堪能せよ。

 春の作品展に出す予定の作品のうち一つは、展示終了後に友達に送るために作ります。間に合え、私のやる気。

医療費控除の問い合わせの季節です

 例年今の時期は、医療費控除の問い合わせがあったり、逆にこちらから問い合わせをしたりします。最初に断っておきますが、鹿島錦もおりがみ陶芸も全然関係ない話。

 医療費控除に関して、介護保険のサービスは、以下の三つに分かれています。

  1. 利用した時点で医療費控除の対象となる
  2. 単独では対象とはならないが、1の申請をする時に、上乗せして計算できる
  3. 一切控除の対象にはならない

 1のサービスは、医療系のサービス。介護保険での訪問看護や、デイケア、訪問リハビリなどになります。居宅療養管理指導も含まれます。

 2のサービスは、通所介護や小規模多機能型居宅介護など。いずれも、「介護保険相当分」であり、実費で負担する食費や宿泊費などは上乗せできません。

 3のサービスは、いささか矛盾を感じないでもないですが、生活援助中心型(掃除や料理、洗濯などの家事が中心のサービス)の訪問介護などになります。身体介護中心の訪問介護は、医療系サービスと組み合わせることで控除対象となります。詳しくは国税庁のページをご覧ください。

 なお、2のサービスであっても、排泄用品を利用事業所から購入された場合は、その代金に関しては医療費控除の対象になります。ただし、初めての申告の場合、あらかじめ主治医から「(おむつの)使用証明書」を発行してもらう必要があります。要介護や要支援の認定を受けられている方で、二年目以降の申請では、使用証明書の代わりに、排泄用品の必要性を証明できる主治医意見書や、市町村が主治医意見書の内容を確認したという書類で申告が可能となります。

 ところで、今しがた県の福祉課の方から電話があったんですが、どうも福祉課に出さないといけない書類を長寿社会課宛に出したっぽい。辛い。今月中に助成金関連の書類を改めて長寿社会課宛に出さないといけないのに。辛い。

ミス・サイゴン 25周年記念公演

 インフルで寝込んでいた時から、一カ月が過ぎたらしい。割れそうになるくらい痛む頭で、Prime Videoで100円レンタルされていた「キャッツ」と「ミス・サイゴン」をカートに入れたんだが、なかなか観る機会がなくて放置していたら、赤字で警告が出ていた。午後四時頃までに視聴開始しないと100円が無駄になるということで、昼休みに「ぱぱらーぱー ぱぱらぱぱー」というBGMの流れる冒頭部だけ再生して、一時停止。夜に織り台に向かい、二段織ったところで眠くなり、仮眠をとった後、改めて視聴。

 戦争という手段を用いながら、アメリカがその歴史上唯一勝てなかった相手であるベトコン。 ミス・サイゴンは、ベトナム戦争における サイゴン陥落前後の数年間を描いたロンドンミュージカル。至る所でアメリカに対するシニカルな表現があるが、私と同年代以上の人ならおそらく知っているベトちゃんドクちゃんを始め、枯葉剤の後遺症に苦しむ多くの子ども達や、戦争遺児を放置してきたという経緯もあるから、それは仕方ない。共産化したばかりの現地の政情が救済のための介入を許さなかったとはいえ。もっとも私の場合は「命をあげよう」聴きたさに気楽にクリックしたわけなんだが、やはりいろいろと考えさせられた。以下ネタバレ注意。

 それにしても、この舞台の陰の主役って、やっぱり女衒のエンジニアである説に一票。国民のほとんどが貧困に苦しむ国で、何とかしてアメリカ行きを目指してのしあがろうとあがくエンジニアの姿に、いささか短絡的な解釈だとは思うが、博愛を根底においている(はずの)キリスト教的な価値観とは相いれない、混とんとしたアジア的バイタリティを強く感じた。

 翻り、表の主役である、嗚呼、キム。子どものために、かつての許嫁を殺した主人公のキムにとっての免罪符となったのは、同じく子どものために、自分の夫と心に決めたクリスを待つということ。そのクリスが決して自分のところには戻らないことを受け入れた時、同時に、封印してきた罪も受け入れざるを得なくなる。子どもの未来を拓かんと、父親に引き取らせる代償に、キムは許嫁の亡霊と不即不離である過去の罪を一身に背負う覚悟を決め、サイゴンでクリスに渡された銃で、自ら命を絶つ。許嫁を殺したのと同じ銃。許嫁を殺した時に、同時に彼女は自分の過去と心を殺した。エンジニアと命からがらベトナムを抜け出してたどり着いたバンコクでは、クリスと、彼の妻エレンに半ば強制的に子どもを託すために、今度は体と未来を殺した。これも多分、おそらくは西洋的な価値観や倫理観とは相いれないと考えられがちなアジア的な解決法。もちろんその思考形態が歴史的な事実として頑として存在しているというより、ベースとなった蝶々夫人を含め、あくまでも演出上の、制作サイドが考えるわかりやすいアジア的雰囲気の悲劇としての印象を受けるんだけど、そこを踏まえた上で、私としては、純粋で不器用すぎるキムよりも、不純であってもしたたかなエンジニアの方に肩入れしてしまう。その分、歳を重ねたということなんだろう。多分精神的な若さにあふれていたら、エンジニアはクズ、キムは気の毒の一点張りになりそうな。

 キムにはクリスと、彼との子どものタムがいたし、戦争で亡くなった両親にも愛されていた。反面、エンジニアには、愛する人も、愛してくれる人もいなかったし、到底まっとうとは言えない子ども時代を過ごしてきた。それでも生きることをあきらめず――むしろ執着心を隠さず、時には恥を受け入れ、時には他者を踏み台にして、必死に夢にぶら下がっていた。理想大事で自ら不幸を受け入れるキムの姿は、とうの昔に人生に擦れてしまった私には、いささか眩しすぎる。

 何はともあれ良い作品だったと余韻に浸りたいのに、「キム」と入力しようとすると、勝手に「金」と変換されるので、例の黒電話がアオザイを着て「命をあげよー」と歌っている姿が脳裏をよぎって台無し。嗚呼、台無し。

twitterより帰還

 今までtwitterのアカウントを作っては削除し、作っては削除し、作っては削除し、作っては削除しと繰り返してきたわけだが、今回は存外長く続けた方。まあ移動してから半年も経過していないわけだし、飽き性というか、堪え性のなさは、他人様から指摘されなくても当の本人が重々承知しているので、出来れば見逃してほしいところ。

 ここしばらく動作が不安定になり、アプリが強制終了されるなどしてストレスフルなお子と化していた、SONYのタブレットを、今朝初期化していてふと考えたのが、「ドメインとサーバー、両方の更新料を払っているのに、なんで私は無料のSNSをやっているんだ?」ということ。なんぼ何でもおかしいやろと、半年ほど遅れて気づいたということもあるし、何より

  • 一回の投稿の文字制限が140字
  • 同じく、添付可能な画像は4枚
  • 後から誤字の修正が出来ない

 という点にフラストレーションを覚えていたということもある。それと、やはり安易に投稿しすぎてしまうのはネック。私の個人的な経験なんて、誰も興味はないだろうに。

 くわえて、以前プラグイン経由でハッキングされて、迷惑メール送信の踏み台にされたので、結構な頻度でログインとプラグインの更新だけはしていたということも無関係ではない。どうせログインするんだったら、更新だけにとどめるより、何か書いた方がよほど建設的なわけで。

 これまで聴いてきた落語や、先日初めてプロの芸を目の当たりにして瞠目しきりだった浪曲への想いをしたためたり、下手の横好きでしかないとしても、写真も公開したい。融通無碍な使い方をしたいなら、やはり制限の多いtwitterより、wordpressかな。

 相互フォローをしてくださっていた九州文化財研究所さんから手作り埴輪をいただいたりして、twitter上でのやり取りも結構楽しかったので、決していやいや辞めたわけではないことだけはここに記しておく。

  春の写真で誤魔化してみる試み。

台風一過&毛虫画像注意

 昨夜は夕食の準備をしている頃に停電し、朝に復旧するまで十二時間ほど電気が使えなかった。あらかじめご飯を多めに炊いていたし、スマホや音楽プレイヤーなどにはある程度充電していたので、なんとかそれでやり過ごした。うちの場合は集合住宅ではないし、オール電化でもないため、電気が止まったにしても、水道もガスも使えるからまだいいが、千葉の方はどれだけ大変なのだろう。

 久しぶりに「暴風」という様相で、台風が過ぎた後出勤しようと玄関を開けたら、倒れた庭木に遭遇。

 近づいたら裏に毛虫が!!

 画像はないが、はす向かいの空き家は雨樋が外れていた。幸いこちらは人的被害はなさそうだが、現在台風の影響下にある地域、それから今後の進行予定地域の皆様は、くれぐれもお気を付けを。

※うちの町内の水源は、多良岳山系の地下水。蛇口をひねると、適法最低限の塩素処理をしたミネラルウォーターが出てくるというステキ仕様。停電時でも水が出るのは、いったんくみ上げてある程度の高さのところに貯水しているから、らしい。