ある女流作家の罪と罰

 ここ数年アメコミヒーロー系映画ばかりがもてはやされている。まあ、ド派手なVFXは嫌いではないため、そこそこ楽しんで観てはいるけど、たまには大人の映画も観なければということで、先日PrimeVideoで100円レンタルした「ある女流作家の罪と罰」を択ぶ。相変わらずがっつりネタバレ。

 傲慢で自意識過剰、人間よりも猫が好きなリー・イスラエルは、落ち目の伝記作家。過去にはベストセラーとなる本も書いたが、自ら一歩引いた場所に立ち位置を定めていたせいで、社交的な他の作家のように華々しい活躍は出来ず、絶え間なく蠅のわく安アパートメントで愛猫と一緒に暮らしていた。ある時猫が病気になって食欲をなくしていることに気づき、かかりつけの獣医に診察を依頼するも、診察料の未払いがあるということで相手にされず、門前払いになる。管理人から滞納した家賃の催促をされても、生活のために続けてきた仕事をクビになり、支払うことが出来ない。他に行く場所もなく、頼れる親族もいないため、立ち退きを免れ、同時に愛猫に治療を受けさせるべく、エージェントに稿料の前借を強いるが、すげなく追い返される。古書店に苦労して運んだ蔵書は一冊しか引き取ってはもらえず、途方に暮れて、大切にしていた自分宛てのキャサリン・ヘプバーンの手紙を売り、過去の有名人の文体を模倣して、収集癖を奮い立たせる文言を連ねるという、自身の特異な文才を利用出来る市場が身近にあることに気付き、文章で他人を騙り、かつそれを認めさせるという屈折した甘美さに酔いしれる――

 贋作師となって生計を立てるようになったリーと同病相憐れむのが、これまた根無し草のジャック。過去にリーとともに出版社主催のパーティに出席していた彼は、酔いすぎてクローゼットで他の招待客の高級な毛皮に放尿したことがあった(多分、ダブルミーニング)。行きつけのバーで再開した二人は、その顛末を思い出し、したたか笑い、即座に鼻つまみ者同士、気の置けない相手となりえると知り、意気投合する。そうして、互いに憎まれ口をたたきあう飲み仲間となる。リーにとってジャックは、唯一自分の秘密を打ち明けた相手。しかし彼は、世にいうまっとうな人間ではなく、家も、それから特定の恋人も持たず、そのくせ孤独にさいなまれて、しばしば一夜限りの恋に身をやつす、ドラッグ常習者。どちらもベクトルこそ違えど、ろくでなしなのだが、しばしば他罰的なリーと違うのは、自分が誰かを責める資格のある人間ではないという自覚があった点。付かず離れず過ごしてきた二人は、とある出来事がきっかけで、否応なしに疎遠になる。自分の不注意が事の発端となったことを反省したジャックが歩み寄ろうとしても、リーの方から徹底的に拒絶して、感情を行き来させないビジネスライクな関係となることを迫る。

 犯した罪の発覚を免れようと必死になるリーが、ジャックの友人としての価値に気づくのは、FBIに捕まった後、法廷で。罪を受け入れ、自分の傲慢さを恥じ、それでも生活態度を改める気はなかったリーが、ジャックと対峙出来たのは、二人が過去に笑いあい、そうしてぶつかり合ったバー。お互いに友人として赦しあうことが出来た時にはすでに、ジャックの体は不治の病に蝕まれていた。それまで加齢に抗いながら、半ば自虐的ながらも色男を気取って生きてきたのに、AIDSで、杖なしでは歩けない悼ましい姿に。それでも憐れまれたくないと芝居がかった虚勢を張るジャック。リーはそれを受け入れ、慰めたり励ましたりする代わりに、したたかな諧謔で返す。他の客のいない昼間に、笑顔と涙をないまぜにして罵り合い、やがて立ち去るジャックの背中は、傷心のリーがすがりようがないほど、細く頼りない。どちらかが有名人であったならば、リーがジャックに手紙を遺そうと、ジャックがリーに同様にしようと、後世にまで語り継がれたかもしれない。だが、実際は、二人とも世間からつまはじきにされる犯罪者。しかも、リーにはまだまだ未来があるが、ジャックにはない。世の常識からかけ離れたジャックとリーの二人が、互いに支えあい生きていける未来がこの先ないのであれば、世界に自分たちの名を刻み、人々の記憶の中で、色男ジャックと文豪リーとして扱われるためには、代わりに、互いに助け合った過去をさらけ出した本を上梓するより他はない。そうすることで、忘れかけられた伝記作家にして贋作師リー・イスラエルは、人生の共犯者のジャックとともに、後に映画化までされるという、劇的な形で名を残すことになる。

 筋立てはドラマティックだが、空を飛んだりビームを出したりはもちろん、興ざめするような過剰な演出は一切なく、最初から最後まで、小気味よいペースで、淡々と事が運ぶ。シニカルなラストも、作中流れるジャズの響きも心地よい。たまにはこういう良い映画も観ないと、思考が腐ってしまう。批評家が絶賛したのも納得。

 明日も仕事は休みなので、同じ日にレンタルした「セラヴィ!」と、それから松竹系の何か、一本ずつ観る予定。心洗われたいから、二十四の瞳でも観ようかな。