日本の心どすえ

「ドストエフスキーのドスどこどすえ」みたいな感じで日常会話のすべてをどすえで締める京都人などいないと、二十年以上前、かつわずかな期間ではあるが、京都市民だったことがある佐賀県民の私が断言しておく。

 相変わらず空いた時間にスキャンをしている。今日、やりもしないのに買った籠編みの本をスキャンをする傍ら、ページを繰っていて、紋様についてのトリビアに目が留まった。

 何でも、網代や枡、流水など、鹿島錦でもおなじみのパターンは、縄文時代にはすでに土器に使われていたらしい。何千年も受け継がれ、さまざまな工芸品に用いられている普遍的なデザインの血脈の中に、鹿島錦も含まれているんだなと、浪漫を感じた次第。