バーバラと心の巨人

「テラビシアにかける橋」や、「かいじゅうたちのいるところ」などと同じカテゴリの作品。リブートしたヘルボーイで若干腹くちくなった後に、別腹デザートとして観るのに適した内容だった。以下、ネタバレを含むので注意。

 母親がターミナル期であることを受け入れることのできない三人の姉弟。長女のカレンは、無理を承知で母親代わりを努めることで平静を装い、長男は攻撃的な言動とFPSゲームに没頭することでストレスを転化させ、主人公のバーバラは自身の空想と現実をクロスオーバーさせて対処しようとする。いずれ訪れる母親の死、ひいては将来の自身の死をそのままの形では受け止めきれず、過去の神話や伝説の登場人物である巨人という形で脳内に託し、外部からの攻撃であるなら守り切れば勝てるという確信を抱いて、それやっちゃダメ系のわなを仕掛けたり、これやっちゃダメ系の事故を起こしたりなど、数々の奇行に走る。私が親なら差別だ偏見だとそしられようと「あんな子と関わっちゃいけません」と躊躇なく断言してしまうような危ういタイプ。

 ここだけの話、小学生のころから頻繁に授業をさぼって好きなことをやっていた私には身につまされる部分も多かった。高校の時も、夏休みのJA会館での自主学習を「美術室でデッサンします」で全さぼりしたなあとか、そんなことも思い出して。実際は美術室に行って、お弁当を食べて、一応木炭の芯抜きなどしてそのまま帰るという感じ。名誉のために書いておくけど、不良などでは決してなく、単に厭世的だっただけ。授業はさぼっても掃除の時間はさぼらずきちんとやったし。他の男子は教師の目が届かないところでは基本的にずっと喋って何の作業もせず、いらいらしながら、私と、三年間ずっと私の一つ前の出席番号だった歩く善良野球部員こと某まん君とたいがい二人でやっていた――って、何かこれに関しては腹立ってきた。いつか当時さぼっていた同級生をネチネチと膝詰めで責めねば。

 フィクションとはいえ、バーバラと根気よく信頼関係を築こうと試みるスクールカウンセラーのモラのようには、私はなれないなあ。演じるのは、ガーデイアンズ・オブ・ギャラクシーの緑のヒロイン、ゾーイ・サルダナ。ただ一人の友人としてバーバラと空想をある程度共有し、行動を共にするのが、イギリスから来たばかりの転校生ソフィア。ちなみにソフィアはいつも同じビビッドなイエローのコートを着ているんだけど、よほど気に入っているんだろうか。

 古代ゲルマン文化に精通しているらしいバーバラは、作中、巨人から街の住民を守るためにいろいろなものに古代文字のルーンを描いている。母との会話を録音したカセットテープを再生するデッキのプレイボタンには、マジックで、いばらの棘を意味する象形文字から生まれた、ソーンという文字。今は死を待つばかりの母親が元気だったころの声を聴こうと押すたびに、彼女の内面に目を向ければ、棘を指に差すような想いがしたんだろうと、観ていてたまらなく切なくなった。

 後日また観たい作品リストに入れておく。