そこまで変わっていなかった

 小学六年のころ、雑誌を通じて、世の中にオウム神仙の会というヨガのサークルがあると知った。もちろん後のオウム真理教。川で拾った石をヒヒイロカネと称して高値で売り付けるなどの行為に子どもながらにあきれつつも、生来のカルト宗教観察癖がうずいて、時々思い出したように動向を調べては、その瞑想ならぬ迷走ぶりにほくそ笑んでいた。そのうちとんでもない事件を次々に起こし、全国的にも危険な集団と認知され、観察を楽しむどころの話ではなくなってしまったが、サリン事件以外にも、ボツリヌス菌を使ったバイオテロを計画し、そうして幸いなことに蹉跌していたという報道が流れたころ、新聞やテレビで、今の日本は生物兵器でのテロに対して脆弱に過ぎるという意見がしばしば提起されたのを記憶している。マスコミが夜にヘリを飛ばしてまで松本サリン事件の被害者の一人である河野氏宅の家宅捜索を中継し冤罪を助長した点を、個人的に心底苦々しく思っていて、お前らもカルトと変わらんだろうと四六時中憤っていて、記憶に深く刻み込まれていたからか、ダイヤモンドプリンセス号の騒動の時に一番に思い出したのが、生物テロ対策のことだった。

 もちろん今回のウイルスが生物兵器由来であるというネットの陰謀論に加担する気はない。解毒剤や抗ウイルス薬の開発などの安全措置を取らずに生物兵器を作ってばらまくお馬鹿さんはいないだろうし、おそらく今一般に言われているコウモリからセンザンコウに代表される自然由来説が妥当なんだろうとは考えている。ただ、マニュアル化された対応という次元の話をすれば、パンデミックを誘発する生物兵器によるテロ行為のそれを行動の指針とするのが、おそらく一番理にかなっているはずで、もし船上でウイルス兵器を使われた場合の対処手順が過去に明文化されていたら、それを今回のケースでもある程度は応用できたと予想される。現場の関係者が未曽有の事態を防ごうと努力に努力を重ねたという事実は称賛に値するにしても、外国のメディアが一片の斟酌をすることなく報じたように、放置以外の積極的な手段を持たず、挙句の果てに厚生労働省の検査官までが感染するという失態を見せたということは、畢竟この種の被害が想定されていなかったということだろうし、その点は私たち有権者も積極的に政治家に訴えてこなかったことを反省しないといけない。

 発生当時の緊迫感を理解できず、世相のカリカチュアとしてしか認識できていなかったオイルショックの頃の紙の買い占め騒動も、SNSを通じた誤情報の拡散から令和版としてある程度再現されたし、医学の素人からしても明らかにありえないようなデマ、例えば次亜塩素酸ナトリウム水溶液を飲めば体内のコロナを退治できるというような誤報も、実際SNSで飛び交っている。一頃は26度程度のぬるま湯でウイルスが死滅するという話もあったが、なぜ平均体温より低い温度で死ぬような脆弱なウイルスが、人間の体内で増殖できるのか、よほどの不安感にさいなまれて冷静な判断が出来ずにいるならともかく、たいていの人ならTLに流れてきた時点で看破出来るはず。

 信じた自分が馬鹿を見るという程度の流言ならまだましだが、社会不安が引き金となる非日常行動には、他者の生存権を無条件に蹂躙するものも少なくない。知り合いの中には、死者の霊とかそういうのを考えると怖くなって眠れないという人もいるが、私の場合は、生きている人間が、恐怖心から理性を喪失し、自らを絶対的に正当化したうえで暴走するのが一番怖い。すべてをマニュアル化することで、事が起こったときに融通無碍な対応が出来なくなるという批判があるのは承知しているが、反面、マニュアルには、非日常の状況を迅速に日常に引き寄せるという有用な面も厳として存在する。あらゆるリスクを想定して対策を立てるという義務が国には存在するわけだから、緊急時の経済的支援など波及が予想される諸問題も含めた形で、考え得る限り最適な対策を明文化してもらいたい。

※増え行く季節の花がせめてもの救い。ジャーマンアイリスはすくすく成長中。去年は二月にある一株が花を咲かせて驚いたが、今年はまだ花芽が出た程度。無事に育て。

※どこがクラフト系ブログなん?(‘Д’) と自分でも思わなくはない。