何かが足りない気がする

 私が在学時の鹿島高校は、夏休みの修学旅行に行けるのは女子のみで、男子は真夏であるにもかかわらず、強制的に草むしりをさせられた。ジェンダーロール云々抜きに、「なんで?」というのが、率直な感想。

 まあ、その頃の鹿城生の旅行先は、京都という、卒業後しばらく住むことになった都市だし、あの盆地の夏冬のしんどさや過ごしづらさを嫌というほど体感しているため、そこまでの空虚感や羨望はないにしても、やはり心のどこかで、学生時代の一大イベントである修学旅行を体験できなかったという事実を、寂しく感じるときが、いまだにある。

 今、コロナ19の影響で、卒業式やスポーツの大会など、人生の中でも大きな位置を占めるであろう出来事が、中止になったりしている。幸い佐賀県はまだ確定者は出ていないけれど、時間の問題だろうし、疑わしい症例もちらほら出始めているときいた。

 かなりの数の学校で各種イベントが中止になっているので、 決して幸いとは言えないにしても、 将来今の事態を振り返った時、「俺らのころ何でもかんでも中止になったっけ」と話題になることもあるだろう。だから、他の高校に進んだ同級生は全員修学旅行に行けたのに、自分たちだけ行けなかった(しかも一学年下からは男子も行けるようになった)ゆえに、いまだにその手の話題が出ると会話についていけないという切なさを感じずに済むという点だけに着眼すれば、今の学生たちの方が、私らよりましかもしれない。ただ、それは、掛け値なしに「その点」だけ。他は多分足元にも及ばない。

 なんにせよ、本来享受できるはずだった悲喜こもごもの感情を味わえずじまいで、人生が否応なしに進んでいくというのは、かなりのストレスを生むはずだし、とにかく非常に気の毒。私より上の、当然修学旅行に行けなかったOBは、節目となる60歳などの年齢で、折りを見て自分たちなりにプランを立てて、何十年も遅れて修学旅行を楽しんでいると、かつて新聞記事で読んだことがある。コロナ19の騒動が落ち着いたら、何年後でも、あるいは何十年後でも、経験できなかったイベントを追体験してほしいと思う。

 余談だが、鹿島錦の顔である樋口ヨシノ先生は、戦前に初めて祐徳神社で鹿島錦の筥迫を見て、その美しさに魅了され、織りたい織りたいと願いながらも機会がなく、三十年以上経ってから、ようやく鹿島錦の手ほどきを受けることがかなったそう。それから五十数年、鹿島錦保存会を牽引しつつ、織って織って織り続けられた。「今でもあれ織りたいこれ織りたいて毎日毎晩思うと」と仰るように、意欲に関しては、会の誰も勝てないほどの次元。三十年以上の渇望は、確実に、おびただしい作品を育む母胎となったはず。織り始めたばかりの初学者としては、敬服するしかない。