相浦駐屯地記念式典

度が過ぎたリベラルの方からは「何やっとんじゃ」と怒られそうですが、分類するなら中道保守のYO-NETの中の人、まったく思想云々のことは気にせず、自衛隊の式典の見学に行ってまいりました。おりがみ陶芸センターの本業は内装業。ここしばらく自衛隊の官舎の内装をされているのと、きよ先生の鶴が平和への祈りを込めた記念品として自衛隊でも活用されている関係で、私も同伴させてもらった次第です。

最初は久しぶりに和服で出かけようかと考えていましたが、暑かったのと、時間がなかったのと、昼食会がバーベキュースタイルということで断念。ペールブルー系のジャケットを羽織って出かけたところ、周りは自衛隊の制服やダークスーツばかりで、浮いてしまったような……。

休日に佐世保市街を運転するのは怖かったので、早岐に車を停めて、電車で佐世保駅に。駅の周りは海上自衛隊の制服を着た若い隊員たちがゴロゴロいて、「あー、ここで待っていればシャトルバスが来るんだな」と勘違いし、しばらく待っていたのですけど、一向に動きがなかったため、不安になってKさんに連絡を入れると、なんと発着所は西肥バスセンターの向いということで、慌ててそちらに移動。すでにかなりの行列で、なかなかバスに乗れず、したたか待って、人数確認をしていた隊員から「ここまで乗れますのでいったんここで締めます」と言われたのがちょうど私のところ。良かった、無事乗れるんだと思い、バスに乗り込んだ直後、こともあろうにその隊員が数を数え間違えていたらしく、一人だけ降ろされてまた待つことになりました。すいませんとか謝られても、日焼け止めを塗らずに出かけた私の日焼けは止まらぬよ……。

まあ次のバスで何とか駐屯地まで行きつけたのですが、今度は先に受付を済ませたミスター表彰マンKさんがどこにいるのかわからず、何度も電話。ようやく席に着けた時、ちょうど髭の隊長さんがスピーチをされているところでした。来賓の式辞が予定より長く、時間を大幅にオーバーして始まった水陸起動団の観閲行進と訓練展示を堪能した後は、バーベキュー会場に直行。各テーブルに接待担当として二人の自衛官がつき、肉を焼いたり飲み物を注いだり、酔っぱらったOBと「飲まんねー」「せっかくですが勤務中ですので」とお約束のやり取りを繰り返していました。

私は人見知りで、初対面の人とはほとんど話が出来ないため、営業の申し子として生まれてきたかのようなミスター表彰マンKさんに名刺攻撃は任せて、ウーロン茶を飲みながらのんびり肉を食べた次第。もともと酒は飲めません。

それにしても、職業軍人の孫である私が理解できないのが、自衛官に対して、「人を殺したくて自衛隊に入ったんだろう!!」と罵る一部の過激な人たち。例えれば、コンビニのバイトに「コンビニ強盗したくてコンビニでバイトしているんだろう!!」と罵倒するのと同じレベルの極論なんですけど、その自覚はないんでしょうね。従兄の長女は自衛官ですが、人を殺す気さらさらないですよ。もちろん訓練は受けているので、戦闘せざるをえない状況になれば戦うのでしょうけど、もう何十年も直接的な戦争を経験していないこの国では、人を殺した自衛官より、災害などで人を助けた自衛官の方が圧倒的多数派。自分の脳内に想定した「悪辣な自衛隊」の姿を、現実の隊員たちに投影し、スケープゴートとして罵倒するという行為の裏に隠された屈折した心理ってなんなのでしょう。あるいはそれも過去のトラウマなどに起因する自己防衛なのかも知れませんので、安易に糾弾するのもまたいかがなものかと感じつつ、我も人なり彼も人なりという言葉を忘れないようにしないといけないと思ってみたり。まあ式辞の一部にちょっと身構えてしまわざるを得ないいくらか過激な表現がありましたが、あの会場における異物は明らかに私の方なので華麗にスルー。

なお、私が現地で接した隊員は、佐官クラスも若い方も、皆さんフレンドリーでした。部外者なので内部の状況はわかりませんし、それが彼らのすべてではないのかもしれませんが、単純に、彼らが戦地に赴いて、あたら若い命を散らすことがなければよいなと感じました。

せっかくですので、今回の式典で撮影した写真をデコパージュして、水陸起動団のエンブレムをあしらった鶴を一羽作ってみます。あとこの間いただいたパンフレットを使って、佐世保基地音楽隊鶴も作ってみよう。また東京の方でおりがみ陶芸の体験会があるようですが、とある会社の中でデモンストレーションとして行われるものらしいので、一般参加は出来ません。正式にイベントツールとして採用されれば、またお知らせいたします。試作品として、そちらがらみの鶴も今制作しているところです。

あ、駐屯地を初めて訪れて、意外だった点が一つ。自衛隊というと、きちっとした組織で何事も時間厳守というイメージがあったのですけど、バーベキュー会場に関しては、始まりも中継ぎも終わりもいい感じにユルユルのグダグダでした。一番しゃきっとされていたのは、最後に万歳の音頭を取られたご高齢のOBの方かも。

※アビテックスの中を片づけました。楽器を全部外に出し、いろいろな作業が出来るようにしました。これで各種制作も進むはず。