裏地も本金ってゴージャスかも

数十年前に越前屋で販売されていたと思しき古い経紙、メルカリで入手した後、確か先月でしたか、大先生にまだ使えるかどうか確認してもらったら、「使ってもいいけど、鹿島錦の規定の本金とはちょっと違うから、平織りにして裏地とかにするぎ良かよー」とのことでした。今織っているのは、出来るだけ早くおりがみ陶芸作品と組み合わせるために、8.5cm程度だった使いかけの経紙(本金・35割)を使用しています。鶴の翼などに貼り付けた後、余った部分ももったいないので何か作りたいのですが、果たして鑑賞に堪える部分がどれだけ仕上がるか。何分にも、まだまだ修行中の身ですので。

それにしても、新しい(古いけど)紙で織り始めて気づいたのですが、厳密には、幅が狭くなる=糸が重なるというわけではなさそう。幅の広さは変わらなくても、外側がでろーんとしてきて、内側が詰まってくるということは、何かがおかしいんでしょうね。その何かに自力で気づくことが出来れば、一段階技術が上がるかも。まあ金毘羅さんくらい階段が続いているわけで、一段階上がったくらいで何って話ですけど、スタート当初の一段二段と、ゴール近くのそれとでは、達成感が違うはず。挫折感も違いますけどね。平織りなら糸が重ならないということは――紙が重なってしまった場合は、糸を入れて一回抑えた後、面倒でも、裏を拾って再度経紙を整えた方がいいのかな? それで糸が戻るかどうか、ちょっと試してみます。

先週の教室で、いろいろと面倒を見てくださる方から、「誰かに言われたとおりにやっても、その人と同じような結果が出ることはめったにないから、参考にする分にはいいけど、最後の答えは経験を積んで自分で考えるべし」というようなアドバイスをいただきました。心に響きました。

作り続け、織り続けてこそ初めて見えてくるものがある。自分にもきっと出来ると信じて、よほど急な用事がある時以外は、昼休みを鹿島錦の時間と決めて織り続けます。

平織りで織った布地を折り紙にしてもよさそうです。古い経紙も、使い方次第では新品に負けないくらいの表現が出来るはず。模索の日々は続きます。