図案を描いていて思う

パターンを繰り返すだけで終わるのではなく、鹿島錦の持ち味である経紙と緯糸の綾なす美を求めたり、折った後の仕上げやすさや、生地としての安定性も考慮しなければならないなど、一筋縄ではいかないと痛切に感じています。とにかく、安易ではいけない。もともとそそっかしいせいか、昨日も昼休みに課題に取り組みましたが、すっとぼけたことをしでかしてしまって、六段ほど解き、結果、日曜日からさほど進んではいなかったりするわけで、織りがどう、仕上げがどうといえる立場ではないですが、図案も、今はただわけもわからぬまま、機械的に描くだけ。

ただ、鹿島錦を始めてよかったと思うのが、パターンに対する認識が変化したことかも。例えば、今まで、陶芸紙の余り紙を、余り粘土で作った土台に貼り付けるときは、隙間をうめればいいかと考え、ランダムに貼っていたのですが、鹿島錦を始めてからは、それが許せなくなりました。小さく切って、網代や流水のように仕上げれば、余り紙感を出さずに、上品な仕上がりで、作品と一体化できるはず。おりがみ陶芸にフィードバックできるような図案も考えていかないと。

それと、陶芸紙の保管方法も、再考の余地がありすぎます。もともと余り紙やいただいた古い紙から使う派なので、購入後未使用の陶芸紙がいくらかあるのですけど、5mm刻みで違うサイズの正方形にカットしたりしていまして、収拾がつかなくなりつつありました。今後はもうちょっと考えてカットするようにします。小さい方が保管がしやすいため、網代・流水どちらにでも仕上げられる1×2cmと、市松風に貼れる2×2cm、2cm幅と1cm幅で長いままで保管するもの、正方形を大小2種、ノーカットと、柄が綺麗な物はここぞという時のために大き目にカットと、数種類で仕分けることに。鹿島錦の課題もありますし、しばらくワークショップを開くことはないでしょうから、いつでも鹿島錦とのコラボ作品が作れるように準備はしておきます。